旅の途中


 その日、久しぶりに宿をとることができたリンハルトとカスパルは安堵の息をついていた。
 旅の道中で魔獣に襲われた際に連れていた馬が逃げ出してしまい、徒歩で次の町まで向かうことになったのが数日前の話だ。
 急ぎの旅ではないとはいえ、さすがに連日の野宿は体にこたえるものがあった。雨季のせいで雨風に体力を奪われ、地面もぬかるみ足取りは重い。
 そんな悪路の強行軍を終えてようやく寝床と温かい食事にありつけた二人は、数日ぶりの入浴で旅の汚れを洗い落としてやっと腰を落ち着けたところだった。
 リンハルトは久しぶりの柔らかい寝台に沈み込み、毛布の感触と焚きしめられた香りの心地良さにほっと息をつく。
 カスパルも同じ寝台に横になり、全身から疲れを追い出すように深く息を吐いていた。
 ふわりと香る石鹸の匂いに誘われるようにして、リンハルトはそっとカスパルの頬に唇を寄せる。カスパルはくすぐったそうに笑いつつも、顔を上げてリンハルトの唇を受け入れてくれた。
 じゃれ合いながら寝台に転がり、お互いの髪をかき混ぜたり頰をくすぐったりしながら戯れる。
 寝台の上で交わすには子どもっぽい触れ合いだったが、カスパルとリンハルトにとってそれはごく自然な営みだった。
 いつもはそのまま眠りについてしまうことも多いのだが――カスパルと触れ合っているうちに、リンハルトは次第に自分が昂っていくのを感じていた。
 食事を食べて、入浴をして、必要最低限の欲求が満たされたせいだろうか。久しく感じていなかった衝動がふつふつと湧き上がってきて、リンハルトはカスパルの様子を伺った。
 カスパルとそういう関係になってからもう三節近くが経つ。カスパルとは既に何度か体を重ねているものの、彼の中に性衝動というものが存在しているのかリンハルトには未だに判断がつかなかった。
 できるのであれば、カスパル自身がそれを求めているときに行為をしたい。こちらの求めに応じて譲歩してくれているのだとしたら、それはリンハルトの望む関係ではないと言えた。
 カスパルの意思が判断つかない以上は、今日はもう諦めて眠りにつこう――そう考えたリンハルトが目を閉じようとしたとき、横で寝転んでいたカスパルがそっと手を握ってきた。
 肉刺に覆われたカスパルの硬い掌が、リンハルトの白い手を慰撫するようにゆっくりと撫でる。
 それはまるで、閨に誘うような触れ方だった。リンハルトの心臓がどきりと跳ねて、一度は引いた熱が再び腹の底に溜まっていく。
 顔を上げてカスパルのほうに向き直ると、戸惑いがちな空色の瞳と目が合ったが、それはすぐ気まずそうに逸らされてしまった。
 ――したいの?
 リンハルトはついそう訊ねそうになったが、それは懸命ではない気がした。
 リンハルトはカスパルの手をそっと引き寄せて自らの口元に寄せる。節くれだった手に唇で触れてその指先をちろりと舐めると、カスパルがぴくりと震えるのを感じた。
 そのまま指の付け根まで舌で辿り、指の間に舌を滑らせて柔らかい部分をねっとりと舐める。明らかに性的な意図のあるリンハルトの愛撫にもカスパルは抗わなかった。
「……してもいい?」
 リンハルトの問いかけに、カスパルは頰を真っ赤に染めながら「おう」とだけ答える。
 色気とは程遠い反応だが、それでも彼が確かに自分を求めているのだと確信したリンハルトは、胸を満たす愛おしさのままにカスパルに手を伸ばした。
 肌着の中に手を差し込み、体の形を確かめるように胸から腹までを撫でていく。緊張に強ばる体をほぐすようにちゅ、ちゅ、と額や頬に軽く口づけると、カスパルの唇が誘うように小さく開いた。
 優しく唇を触れ合わせ、薄く開いた歯の隙間からそっと舌を差し入れる。たどたどしくこちらの舌に絡みついてきたそれを迎え入れ、柔く食みながら舌先を尖らせて上顎を撫でると、カスパルはぴくんと身を震わせて喉の奥で鼻にかかった声を漏らした。
「……ぅ、んぅっ……」
 舌の裏や頰の粘膜を舐め上げ、歯茎から上顎までゆっくりと辿っていくとカスパルは苦しげに喘ぐ。
 一旦唇を離すと、カスパルは大きく息継ぎをして呼吸を整えた。酸欠でぼんやりした恋人の髪を慈しむように手で梳きながら、リンハルトは穏やかな声で話しかける。
「大丈夫? 苦しかったかな?」
「いや、平気だ……もっとしてくれよ」
 続きを求めるようにカスパルがリンハルトの首筋に腕を回す。それに応えるように再び口づけを交わしながら、リンハルトはカスパルの体に愛撫を施した。
 張りのある肌の感触を掌で味わいつつ、徐々に手を下へと滑らせていく。厚い胸板の上にぽつんと乗っている突起を指先で弾くと、カスパルはくぐもった声を漏らして身をよじった。
「んっ……!」
 小さな突起を親指と中指で挟み込み、くりくりと転がすように弄ぶ。ときおり指先でぴんっと弾くと、その度にカスパルは短く息を呑んだ。
「あ、んんっ……!」
「気持ちいい?」
 カスパルは頰を赤くしながらこくこくと首を縦に振る。
 リンハルトは小さく微笑んだのちに、今度はそこを口に含んで舌先でちろちろと刺激した。ときおり前歯で甘噛みして痛みを与え、その痛みを慰めるように優しく舌で舐め上げる。
「ひゃっ、あぁっ……!」
 もう片方の突起も指先で引っ掻くように刺激を与えると、カスパルはリンハルトの頭をかき抱きながら甲高い声で喘いだ。
「そこっ……へんな感じ、する……」
「変じゃなくて気持ちいいんだと思うよ」
 ほら、とリンハルトはカスパルの股間に手を伸ばす。カスパルの性器はもうすっかり硬く張り詰めていて、先端からは先走りが滲み出ていた。
「ぅあ……」
 軽く握られた状態でゆるゆると上下に扱かれ、カスパルは眉根を寄せて切なげな吐息を漏らす。
 リンハルトは荷物の中から香油を取り出し、ついでに自分の衣服も脱ぎ捨ててしまった。香油の入った瓶を取り出して蓋を開けると、花の香りにも似た甘い匂いが広がる。
 それに気がついたカスパルがリンハルトを真似るように衣服を脱ぎ、迎え入れるようにおずおずと脚を開く。その姿が視界に入り、リンハルトは愛おしさに目を細めた。
「ちょっと冷たいよ」
「ひっ……」
 香油をたっぷり纏わせた指を窄まりにあてがうと、冷たさに驚いたのかカスパルはぴくりと身を縮こませる。それに合わせて窄まりがきゅっと閉まるのが指先から伝わり、リンハルトは自身の下肢に熱が集まってゆくのを感じた。
 宥めるように頰や首筋に口づけを落としながら、リンハルトは少しずつ指を押し進めていく。固く閉ざされたそこを揉みほぐすように押し広げると、やがてくちゅりと湿った音を立てて指先が中へと沈み込んだ。
「痛くない? 大丈夫?」
「ん……大丈夫だから、もっと……」
 カスパルは苦しげに息を吐きながらも続きを促す。 
 リンハルトはカスパルを傷つけないように、ゆっくりと抜き差しを繰り返して指を増やしていった。香油を継ぎ足しながら丁寧に慣らしてゆくうちに、そこは次第に柔らかく蕩けていく。
「カスパルのここ、ひくひくしてるね。可愛いよ」
「ば、馬鹿……」
 ぐちぐちと内壁を拡げながら意地悪く囁くと、カスパルは頰を赤く染めて抗議の声を上げる。その様子が可愛らしくて、リンハルトもつい調子に乗ってしまった。
「ね、今きゅって締まったね。可愛いって言われるのが嬉しいのかな?」
「うあっ、あ……っ」
 リンハルトはわざと羞恥を煽るようにカスパルの耳元で囁き続ける。浅いところを掻き回しながら胸の尖りを指の腹で擦れば、その先の快感を知っているカスパルはもどかしそうに腰を揺らめかせた。
「あっ……早くっ……」
「だめだよ、ちゃんと慣らさないと」
「もう入るって……」
 カスパルは切羽詰まった声で訴えるが、リンハルトは首を横に振る。そして挿入したままの指をくの字に曲げ、腹側の壁にある小さな膨らみをぐっと押し込んだ。
「ひ、ああぁっ!」
 その瞬間、カスパルの体がびくんと跳ね上がる。突然の強すぎる刺激に驚いたのか、カスパルは目を白黒させながら荒い呼吸を繰り返していた。
「ここ、好き? それとも嫌い?」
「やっ……あっ、すっ、好きだからっ……」
「うん、たくさん触ってあげるね」
 リンハルトはカスパルの返事に微笑みながら、執拗にそこを刺激し続ける。押し込んだり引っ掻いたりと緩急をつけながら責め立てるたびに、カスパルは悲鳴じみた嬌声を上げた。
「ひゃうっ!?  ああぁっ!!」
 カスパルの後孔がきゅっと締まり、リンハルトの指を強く締め付ける。その感触にぞくぞくと背筋が震えるのを感じながら、リンハルトはカスパルの感じる場所を重点的に攻め続けた。
「ひっ、やだぁっ!  おれ、もう……っ!」
 切羽詰まったカスパルの声に限界を感じ取ったリンハルトは、体内のしこりを指で挟むようにして擦り上げる。それと同時に胸の尖りを強く摘むと、カスパルは背を弓なりにしならせて達した。
「〜〜ッ!!」
 痙攣する肉壁に締め付けられながら、リンハルトはゆっくりと指を引き抜いていく。射精を伴わない絶頂の余韻に浸っているカスパルは、それだけの刺激で腰をぴくんっと跳ねさせた。
 指を引き抜いてもなお、カスパルのそこは物欲しげにひくついていた。だらしなく開かれたままの脚の中心では勃ち上がった陰茎が切なげに震えており、鈴口からは透明な蜜が溢れ出している。
「大丈夫?」
「……大丈夫、なもんかよ……」
 リンハルトの問いかけに答えるカスパルの声は掠れていた。しかし反論する程度の余裕はあるらしく、リンハルトはカスパルが行為に慣れてきたことに内心で安堵する。
「すごく可愛かったよ」
「……うるせえ」
 汗で張り付いた髪を手で梳きながら額に口づけると、カスパルは小さく身じろぎをして息を吐いた。
「いいから……早くくれよ。その……」
「うん」
「うんじゃなくて……わかってんだろ?」
 意地悪く相槌を打つリンハルトに、カスパルは恥ずかしそうに目を伏せる。
「ふふ、ごめんね。君から求めてくれるのが嬉しくって」
 恥じ入る恋人の可愛らしさに微笑みながら、リンハルトはカスパルの脚を開かせてすっかり猛りきった剛直をひくつく窄まりにあてがった。鍛えられた太腿は見た目より柔らかく、汗で湿った肌が掌に吸い付いてくる。
「……入れるよ」
 小さく頷いて了承の意を示した恋人の姿に微笑むと、リンハルトはゆっくりと腰を進めていく。
 先端を窄まりに押し付けると、そこはまるで迎え入れようとするかのようにひくりと震える。その感触を楽しむように何度か押し付けてから、リンハルトはゆっくりと腰を進めていった。
「ふっ……くうっ……」
 狭い入口を押し広げるようにして亀頭を埋め込むと、カスパルの口からくぐもった吐息が漏れる。だが苦痛の色はなく、むしろ待ち望んでいたかのように内壁が奥へ奥へと引き込んでくるような動きを見せた。
 その誘いに乗るようにリンハルトはずぶずぶと己の怒張を沈めていく。
 受け入れることに慣れてきたカスパルの中は熱くて柔らかく、それでいて絡みつくように締め付けてくる。まるで包み込まれるようなその感覚に、リンハルトはほうっと熱い吐息を漏らした。
 ぴたりと合わさった肌の温もりが心地良い。汗で湿った肌は吸い付くようで、このまま溶け合ってしまいそうな錯覚を覚えるほどだった。
「はぁ……全部入ったよ」
「んっ……」
 やがて根元まで入り切ると、カスパルは詰めていた息をゆっくりと吐き出した。労るように頰に手を添えると、カスパルは安心したように目を細める。
 リンハルトはしばらくそのまま動かずにカスパルの中が馴染むのを待った。その間も彼の内壁はずっと蠢いていて、まるでリンハルトの形を覚えようとしているかのようだ。その健気で愛らしい反応に応えるべく、リンハルトはゆるゆると抽挿を開始した。
「あっ……んんっ……」
 緩慢な動きで抽挿を繰り返すと、カスパルの口から甘い声が上がる。最初は苦しげにしていた声も次第に甘く蕩けていき、やがて鼻にかかった喘ぎへと変化していった。
「カスパル、気持ちいい?」
「うんっ……ぁ、あっ……」
 問いかければ素直に返事をしてくれる恋人が愛おしくて堪らず、リンハルトは抽挿を続けながらカスパルの目元や頰に口づけを落としていく。その優しい愛撫にもカスパルは敏感に反応し、小さく喘ぎながら身を捩った。
「ふぁっ……あ、ぁっ……」
 抽挿に合わせてカスパルの中が収縮し、リンハルト自身を包み込むように締め付ける。その感触を楽しみながら腰を打ち付けると、ぱちゅんと濡れた音が響いて肌と肌がぶつかった。
「あっ、やっ……だめっ……」
「何がだめ?」
「ちが、もっ、と……」
 カスパルは物欲しげに腰を揺らしながらリンハルトの首に腕を回す。その仕草にぞくりと背筋が震えるのを感じながら、リンハルトはカスパルの体を抱き寄せて耳元で囁いた。
「こう?」
 リンハルトはぐっと腰を押しつけ、深く繋がったままとぐりぐりと腰を回す。
「あっ……! そ、こっ……」
「気持ちいい?」
 奥まった部分を亀頭で擦るように動かすと、カスパルはびくびくと体を震わせながら何度も首肯する。カスパルのしなやかな脚がリンハルトの腰に絡みつき、もっと欲しいとねだるように引き寄せてきた。
「カスパルの中、熱くて溶けそう……」
 リンハルトはうっとりとした声で呟きながら抽挿を繰り返す。
 熱く熟れた粘膜に包み込まれる感覚は、腰から下が溶けてしまいそうなほどの快感をリンハルトにもたらした。その心地良さに酔い痴れながらも、リンハルトはカスパルの良いところを重点的に責め立てる。
「ひゃうっ、あっ、あぁっ……!」
 大きく腰を回して内襞を押し上げると、カスパルは背を反らしながら切なげな吐息を漏らした。同時に体内がきゅんっと締まり、精液を搾り取ろうとするかのように収縮を繰り返す。
「リンハルト、ぁ……もっ、と……」
「うん、もっとだね」
「ひっ……あぁああっ!」
 リンハルトは求められるままに抽挿を続けた。
 カスパルはすっかりと快楽の虜になっており、蕩けた表情を浮かべながら腰を揺らめかせている。その表情に煽られるようにして、リンハルトの動きも激しさを増していった。
「カスパルの中、すごく熱い……僕のこと離したくないって吸い付いてくるみたいだ。ほら、わかるかな? 抜こうとすると締め付けがきつくなるんだよ」
「ばっ……!? なに、なんっ……」
 囁きながらゆっくりと腰を引くと、それを嫌がるようにカスパルの内壁がきつく締まる。カスパル自身にもそれがわかったのだろう。カスパルは顔を赤らめながらぱくぱくと口を動かした。
 慌てふためく様子が初々しくてたまらず、リンハルトは思わず「可愛いね」と口走る。それが追い打ちになったのか、カスパルはとうとう言葉を失って顔を背けてしまった。
「カスパル、こっち向いて?」
 リンハルトが甘えた声で名を呼ぶと、カスパルはちらりと視線を向けてくる。
 視線が合うと嬉しそうに微笑む恋人の姿に絆されたのか、カスパルは渋々といった様子でリンハルトに向き直った。
「好きだよ、カスパル」
「ん……」
 リンハルトの告白に応えるように、カスパルの腕がぎゅっと首の後ろに回される。それを合図にするかのようにリンハルトは再び抽挿を始め、夢中になって互いを求め合った。
「んあっ、あっ……! リンハルト、おれっ……!」
 限界が近いのか、カスパルの瞳に涙の膜が張る。
 快楽に蕩けたカスパルの表情は美しくもあり、愛らしくもあった。その表情を間近で見られるのは自分だけだと思うと、リンハルトは言いようのない高揚感に包まれる。
「んっ……お、れ……また……っ」
 筋肉で隆起した腕がリンハルトの首に回り、限界が近いことを訴えてきた。
 リンハルトはカスパルの腰ががくがくと震え始めるのを感じ取り、彼の陰茎に手を伸ばして根元から先端まで擦り上げる。
「いいよ、一緒にいこう?」
 安心させるように頰や唇に口づけを落としながら囁くと、カスパルは泣きそうな表情を浮かべて頷いた。
 まだ快感をうまく処理できないのか、カスパルは絶頂を迎える際にいつも泣きそうな表情を浮かべる。そんな彼の姿を見ると、リンハルトはいつも庇護欲と嗜虐心が混ざった複雑な気持ちにさせられるのだ。
「あ、あっ……リンハルトっ……!」
「カスパルっ……!」
 限界を訴えるように名前を呼ばれ、リンハルトは応えるように彼の体内に熱い飛沫を叩きつけた。同時にカスパルの体が大きく跳ね上がり、二人の腹の間に熱い飛沫が弾ける。
「ふぁ……あ……」
 どくんどくんと脈打つ性器から精液を注ぎ込まれる感覚に、カスパルは体を痙攣させながら小さく喘ぐ。
 リンハルトはしばらくそのままの体勢のまま余韻に浸っていたが、やがてずるりと己のものを引き抜いた。ぽっかりと口を開けた後孔から白濁した体液が溢れ出し、敷き布に染みを作っていく。
 リンハルトはその光景にごくりと喉を鳴らしながら、力の抜けたカスパルの体を優しく抱き締めた。汗で張り付いた薄藍色の前髪をかき分け、湿った額に口づけを落とす。
 絶頂の余韻に浸っているのか、カスパルはぼんやりとした表情を浮かべていた。その表情はどこかあどけなく見えるものの、体はしっとりと汗ばみ上気しているせいで淫靡な雰囲気を漂わせている。
 均整の取れた筋肉に覆われた肢体が、窓掛けの隙間から差し込む月光によって艶めかしく照らし出され、その美しさにリンハルトは思わず見惚れてしまう。
 カスパルの体は雄々しくもありながらしなやかでもあった。美しく隆起した筋肉の躍動感や引き締まった腰元から臀部にかけての曲線美は、見る者を魅了してやまない魅力を湛えている。
 それを彩るのは無数の傷跡だ。カスパルは戦場で武器を振るい続けてきたこともあり、その肌には大小様々な傷跡が残っている。リンハルトはそれを目にする度に、自分が隣にいられなかった時間の長さを痛感してしまうのだ。
「リンハルト……?」
 声をかけられて我に返ると、カスパルが不思議そうな顔でリンハルトを見上げていた。どうやら彼を見つめたまま物思いに耽ってしまっていたらしい。
「どうかしたのか?」
「ううん、なんでもないよ」
 心配そうな表情の恋人を安心させるように口付けを贈り、リンハルトはカスパルの隣に横になった。
「これからは君とずっと一緒にいられるんだと思うと嬉しくてさ」
 リンハルトの言葉にカスパルは目を瞬かせ、それから少し照れ臭そうに頰を搔いた。
「なんだよ、改まって」
「照れてるの? 可愛いね」
 からかうように言って首筋に顔を埋めると、カスパルはくすぐったそうに身を捩った。
「だから、可愛いってのはやめろよ。ガキじゃねえんだから」
 口では否定しつつも満更でもない様子のカスパルに微笑みながら、リンハルトは目の前にある恋人の体を抱き締める。
 体温の高いカスパルの体を抱き締めていると安心感が湧き上がり、リンハルトは胸の奥からじんわりと温かいものが溢れ出すのを感じた。
「好きだよ、カスパル」
 愛おしさを込めて囁けば、カスパルは小さな声で「オレも」と答えてくれる。その反応が嬉しくて、リンハルトは腕の中の恋人に何度も口づけを落としていった。



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