以心伝心?


 バルタザールが黒鷲遊撃隊に加わってからというもの、カスパルとバルタザールの手合わせはほとんど習慣のようなものになっていた。
 最初は胸を借りるつもりで挑んでいたカスパルだが、いまや彼はバルタザールと互角の勝負を挑むまでの腕になっている。
 それを可能にしているのは、カスパルの機転と工夫が背景にあった。
 バルタザールの間合いで戦おうとすると、体格で劣るカスパルはまず敵わない。腕の長さも、一撃の重さも違うからだ。だからあえて守りに徹して、機を待って反撃に移るのである。
 初めは余裕を見せていたバルタザールも、最近ではカスパルの動きに目を細めていた。
 鋭い一撃を放ってもカスパルにかわされ、一瞬の隙を突いて懐に飛び込まれる。そして、間合いをとろうとすると回り込むようにして背後を取られるのだ。
 もちろん、バルタザールも百戦錬磨の豪傑である。そう簡単に若輩者のカスパルに後れは取らない。すんでのところでカスパルの攻撃をかわし、反撃に転じるのがいつものことだった。
 そういったやりとりを続けているうちに二人は自然と打ち解けてゆき、いまでは手合わせ後の食事も含めてが一連の流れとなっていた。

「ところでお前、あっちのほうはどうなんだ?」
 その日、手合わせを終えたカスパルが木陰で涼んでいると不意にバルタザールが声をかけてきた。
 鎧を脱いで汗を拭っていたカスパルは、バルタザールを見上げて「あっち?」と首をかしげる。
「おいおい、とぼけるなよ。あっちって言ったらこれに決まってるだろ」
 バルタザールは片腕を上げて小指を立ててみせる。
 しかし、カスパルはなんのことだか理解できずきょとんとするばかりだ。
「おいおい、本気かよ……つまりあれだ、女のことだよ」
「……女? ああ、そういうことか」
 ようやく質問の意味を理解したカスパルは軽く嘆息した。
 士官学校や部隊内で恋愛話や猥談が交わされる光景は珍しくなく、カスパルもその手の話題を振られた経験はある。とはいえ、色恋沙汰に疎いカスパルにとってそういった話題は理解し難いものだった。
「オレ、あんまそういうのに興味ねえんだよな」
「はぁ? お前まさか、その歳で一度も女を抱いたことがないとか言うんじゃねえだろうな?」
「そうだけど……別にいいだろ」
 カスパルが答えると、バルタザールは信じられないとばかりに目を見開いた。
「お前なあ……男なら誰でも一度は女を抱きたいと思うもんだろうが。いや、一度どころか何度でもやりたいと思うはずだ」
「そうなのか?」
「そうなのかって……ったく、お前は本当に変わってやがるな」
 バルタザールは呆れた様子で頭を搔く。
 カスパルにとってバルタザールの心境が理解し難いように、バルタザールにとってもカスパルの心境は理解し難いようだった。
「付き合ってる相手とか、気になるやつくらいはいねえのか? 黒鷲遊撃隊には何人も美人がいるじゃねえか」
 なおも食い下がるバルタザールに、カスパルは「いや……」と否定の言葉を口にしかけるが、ふいに幼なじみの姿が脳裏によぎって言葉を止める。
 幼なじみでもあり親友でもあるリンハルトとは、数節ほど前に恋仲と呼べる関係になっていた。
 とはいえ、リンハルトとはまだ抱擁や口付けをする程度の段階であり、多少の肉体的な接触こそする場合はあるものの、バルタザールが期待するような深い交わりはまだ経験していない。
 なおかつ、そういった親密な接触も恋仲になる以前から行っていたものであるため、「性的な交流」に含めていいのかカスパルには判断が付かなかった。
「なんだよ、やっぱりいるんじゃねえか」
 カスパルが言い淀んだのを見てバルタザールはにんまりと笑みを浮かべる。
 その表情に、カスパルは自分の反応が失策だったと気が付き内心で後悔した。
「そうかそうか。で、相手は誰なんだよ? 黒鷲遊撃隊の子か? それとも貴族の娘さんとかか?」
「いや……えっと……」
 口ごもるカスパルをからかうように、バルタザールは「ほらほら言ってみろって」と言い募る。
 しかし、カスパルが照れるでもなく露骨に迷惑がったためか、バルタザールはしばらくするとすんなりと引き下がった。
「……よし。じゃあ、いざというときになって困らないように俺様がいいものをやろう」
「いいもの?」
 カスパルから情報を聞き出すことを諦めたバルタザールは、懐から液体の入った透明な容器を取り出す。
 カスパルは角度を変えながら容器をまじまじと見つめ、自分なりにその中身を推測してみた。
 薬品や油を入れる容器としてはいささか華美な容器だ。調味料か、もしくは酒だろうか。そのどちらかであるとするなら、バルタザールの嗜好を考えると酒である可能性が高い。
「……酒か?」
「違えよ、これはな……」
 カスパルの推測は外れたようだ。
 バルタザールはカスパルの耳元に口を寄せてひそひそと小声で説明を始める。
 いわく、この液体は性行為をする際に局部に塗布し、挿入に伴う摩擦を軽減するためのものらしい。塗布する際にはまず指で掬い、体温で温めてから局部に塗布するのが好ましいそうだ。
「なっ……なんでそんなもん持ち歩いてんだよ!?」
「そりゃあ、いつ必要になるかわからねえからな」
 猥談に顔を赤くするカスパルの反応を楽しみながら、バルタザールはカスパルの手に容器を握らせる。
「ま、そういうことだからよ……お前も早く大人の男になれるように頑張れよな!」
「お、おい、いらねえって!」
 バルタザールは強引にカスパルの手に容器を握らせると、手を振って去っていった。
「ったく……どうすりゃいいんだよ、これ」
 掌に収まる小さな容器を見つめながら、カスパルはため息をつく。
 バルタザールのことは好意的に思っているが、賭け事といい、色恋沙汰といい、戦闘以外の趣味はまるきり合わないのが難点ではあった。

 自身にあてがわれた天幕に帰還したカスパルは、寝台に腰をかけてバルタザールに貰った容器を矯めつ眇めつしていた。
 カスパルがこれを使う機会があるとすれば、リンハルトとそういった状況になったときだろう。
 リンハルトとは入浴を共にしたり、お互いの体に触れ合ったり、性器を扱き合ったりすることはあるものの、挿入を伴う性行為は未知の領域だった。
 カスパルはふと思い出す。
 以前、格闘部隊の部下たちが猥談に花を咲かせていたときのことだ。彼らが言うには、男同士で愛し合う際は肛門を使うらしい。
 肛門の中には男にしかない性感帯が存在しており、一度その快感を味わってしまうともう女性との交合では満足できなくなるだとかなんとか――(それが挿入する側の感想なのか、される側の感想なのかまではカスパルの知るところではない)
 カスパルが近づくと部下たちは気まずそうに去っていったため詳しく聞くことはできなかったが、いまになって聞いておけばよかったかもしれないと後悔の念が湧く。
 カスパルにとって、肛門は排泄器官でしかない。そんなものを使って性交できるのかいささか疑問ではあるが、ほかにめぼしい器官もないのでそうするしかないのだろう。
『カスパル』
 そんなことを考えていると、ふいにリンハルトが自分を呼ぶときの甘い声を思い出してしまい、カスパルは猛烈な羞恥に襲われた。
『かわいいね』 
『気持ちいい?』
『大丈夫だよ』
 連鎖的に、擦り合いをしているときのリンハルトの優しくも艶っぽい声が脳内に蘇り、カスパルは顔が熱くなってゆくのを自覚する。
 カスパルにとって、自身に向けられる『かわいい』という言葉は好ましいものではなかったはずだった。往々において、それはカスパルの身体的・精神的な未熟さを揶揄する意味で使われるものだったからだ。
 それが、リンハルトの口から発せられたものとなると話が別だった。リンハルトに耳元でそれを囁かれると、カスパルはどうしようもない気持ちになってしまい、金魚のようにぱくぱくと口を開閉させることしかできなくなってしまう。
「リンハルト……」
 完全にそのときのリンハルトを意識してしまったカスパルは、枕に顔を押しつけながら自身の性器へと手を伸ばした。下衣の中から取り出したそれをたどたどしい手つきで握り、リンハルトの指使いを真似して手を動かす。
 カスパルの体が大人になり始めた頃、カスパルに自慰を教えてくれたのはリンハルトだった。
 カスパルの父は各地を転戦しているため子供の面倒を見る機会が少なく、また、カスパルの兄はそこまでカスパルと親しい間柄ではなかったからだ。
 カスパルより発育が早かったリンハルトは精通するのもカスパルより早く、数年遅れて精通を迎えた幼なじみに懇切丁寧にそれを解説してくれたのである。
 それのせいなのか、あるいはもともとカスパルがリンハルトを意識していたのか――その後、カスパルが一人で自慰をする際に思い浮かべるのは当時のリンハルトの声や手つきだった。
 幼いカスパルにはそれがいけないことのように思えて、自慰を極力しなくなったという経緯があるのは本人だけの秘め事である。
「……っ、あっ……」
 リンハルトの細くて長い指が自身の性器を扱く感覚を思い出しながら、カスパルは夢中になって手を動かし続けた。カスパルのそれはすぐに硬度を増し、先端から先走りが滲み出す。
 もし、この手が自身の手ではなく、リンハルトの手であったなら――あるいは、口であったなら、どんな感じなのだろう。
 歳の近い少年たちが興味津々に眺めていた卑猥な絵を思い出しながら、カスパルは一瞬だけそんな想像を巡らせる。だが、それではリンハルトの声が聞けなくなることにすぐさま気がついた。
 では、自分がリンハルトの性器を咥えるのであればどうだろう。
 カスパルはこれまでの人生で他人の性器を咥える可能性など考えたことがなかったが、それはいい発想のように思えた。
 あまり見ないようにしていたためにうろ覚えではあるものの、リンハルトの股間に茂った濃緑の下生えや、少し長めの性器の形を思い浮かべながら、カスパルは自分の性器を擦り続ける。
『上手だね』
 カスパルの脳内にいつかのリンハルトの声が木霊した。
 リンハルトの眼差しを受けながら、リンハルトの性器を口いっぱいに頬張る。リンハルトはカスパルの頭を優しく撫で、甘い声をかけ続ける――そんな想像をしながらカスパルは自身の性器を扱き続けた。
 肉刺に覆われてごつごつしたカスパルの掌は、リンハルトの細くて滑らかな手の感触とは程遠い。しかし、それをリンハルトの掌である信じ込むことが、カスパルにとっては最良の手段だった。
 どくん、と下腹部に熱が集まる感覚を覚えた次の瞬間――カスパルは自身の手の中に熱い迸りを放っていた。
 寝台でしばし荒い呼吸を整えたのち、我に返ったカスパルは慌てて飛び起きて室内を確認する。幸いにも衣服や敷布に汚れはついておらず、カスパルは安堵の息をついた。
 数分ほどが経って興奮が落ち着いたとき、傍らの容器のことを思い出したカスパルはそれを手に取った。
 蓋を開けると甘い香りが漂ってきて、好奇心のままに少量を掌に取る。とろりとした液体は思っていたより粘度が高く、灯光を反射して光る様子が妙に蠱惑的だった。
 これを自分の、あるいはリンハルトの後孔に――カスパルにはそれを生々しく想像できるほどの経験はなかったが、その様子を思い浮かべると再び鼓動が早くなるのを感じた。
 リンハルトの体内に自分の一部が挿入され、その肉壁によって包み込まれる。それはどれほどに幸福な体験なのだろう。
 あるいは、リンハルトの指が自身の後孔を開き、悪戯に内部を掻き回しては甘い声で囁いてくる――それを想像すると、カスパルの下肢にぞくぞくとした感覚が走った。
 気がついたときには、カスパルの性器は再び熱を持っていた。
 カスパルは下衣を脱ぎ、下着も脱ぎ去って全裸になる。そして寝台の上でうつ伏せになり、膝を立てて腰を持ち上げた。
「んっ……」
 意を決して自身の臀部に手を伸ばし、潤滑油をまとわせた指先を秘所にあてがう。おそるおそる指先を押し込むと、潤滑油のおかげか思っていたよりもすんなりと先端が沈み込んだ。
「っ、は……」
 まずは指の腹で円を描くように周囲を揉みほぐしてゆく。やがて皺の寄った中心部分が柔らかくほぐれてきたのを感じたカスパルは、こくりと唾液を飲み下して中指をゆっくりと埋めていった。
「くっ……ん……」
 痛みこそないものの、経験したことのない異物感にカスパルは思わず声を漏らす。
 熱くて湿った自身の体内に指先を包まれる感覚。リンハルトの中もこうなのだろうか、とカスパルは夢想する。この中に自身を埋めることができたなら、一体どれだけ心地よいのだろう。
「はっ……あ、リンハルトっ……」
 カスパルは呼吸の合間にリンハルトの名を呼びながら、初めて自身の体内に侵入した異物を馴染ませるように指を動かす。しばらくすると潤滑油が馴染み、指が滑らかに動くようになった。
 頃合いを見計らって二本目の指を挿入する。圧迫感が先ほどよりも増したが、痛みは感じなかったためゆっくりと押し進めていく。空いている手は自然と自身の性器へと伸び、先走りを零すそれを包むようにして握り込んだ。
「あ、くっ……はぁっ……」
 リンハルトとの行為を想像するうちに、いつの間にかカスパルの秘所は二本の指を難なく飲み込めるほどになっていた。指を動かすたびに潤滑油が空気と混ざり合い、にちにちと粘ついた音を立てる。
「はっ……リンハルトっ……!」
 頭の中に浮かぶリンハルトの顔に向かってそう叫ぶと切なさにも似た感情がこみ上げてきて、カスパルは無我夢中で性器を扱き上げた。
 妄想の中のカスパルはリンハルトを抱いている。だが、カスパルの性器を愛撫している手もまたリンハルトのものであり、カスパルの後孔を貫いているのもリンハルトの性器だった。
 その矛盾に気が付かないほど愚鈍なカスパルではなかったが、だからと言って空想を止めなければならない理由もない。
「あっ、やっ、リンハルトっ……もうっ……!」
 空想のリンハルトが達したとき、カスパルの全身を甘い痺れが駆け巡り、秘所がきゅうっと締まる感覚がした。それと同時に性器からも白濁した液体が放たれ、掌から溢れたそれが敷布へと飛び散ってゆく。
「はぁ……はぁ……」
 荒い息を繰り返しながら身を起こしたカスパルは、寝台の上に飛び散った自身の精液を呆然と見つめた。
「……何やってんだよオレ……」
 排泄の穴で自慰をしてしまったという罪悪感にカスパルは頭を抱える。男として何か取り返しのつかないことをしてしまったような、越えてはならない一線を越えてしまった気がしてならなかった。
「どうすっかなあ、これ……」
 カスパルは寝台の横にある棚からちり紙を取り出し、自分の手と敷布に飛び散った液体を拭き取る。そして、この潤滑油をどうするか迷ったのちに、同じ棚に突っ込んでしまった。



 リンハルトは掌の中にある容器を眺めながら、なかなか進展しない恋人との情事に思いを馳せていた。
 カスパルは、リンハルトに体を触れられること自体は好んでくれているとは思う。しかし、なかなか触れる以上の行為には発展せず、リンハルトは日に日に想いを募らせていた。
 カスパルと触れ合うほどに、彼と体を繋げたいという欲求は膨らんでいく。
 敏感な部分に触れながら優しく声をかけると、カスパルはくすぐったそうに身をよじって目を細める。それが愛おしくて声をかけ続ければ、カスパルはそれに反応するようにリンハルトの掌に熱を吐き出した。
 カスパルとは長年幼なじみとして共に生きてきて、お互いにいろんなことを知り尽くした間柄だ。
 とはいえ、性行為のときの艶かしい姿は未知数であり、幼なじみにまだ知らぬ面があることをリンハルトは嬉しく思っていた。そして、その姿をもっと見たいと切望していた。
 リンハルトは少し内容物が減った潤滑油を眺めてため息をつく。
 いつでもカスパルを抱けるように、彼と同衾するときは常に潤滑油を用意していた。そして、いつでもカスパルに抱かれてもいいように、自分の後孔もしっかりとほぐしている。
 しかし、準備を万全にするばかりでまったく進展しない関係に辟易してきたのも事実だった。
 リンハルトは潤滑油をしまってある棚に目をやる。
 この潤滑油の中身が半分以下になったとき、まだこの関係に進展が見られないようであれば、自分からカスパルに迫ってみよう。
 リンハルトはそう決意し、手にしていた潤滑油を棚の中へと戻した。

「リンハルト、最近なんか悩んでねえか?」
 ある日の夜、寝台の上でまどろんでいると、隣で寝転んでいたカスパルが不意にそう切り出した。
 リンハルトは目を丸くし、怪訝そうに見上げてくるカスパルの顔を見つめる。
「どうして?」
「いや……なんつうか、このところしけた顔してるだろ」
 カスパルに指摘され、リンハルトは思わず自分の頬に手を伸ばす。顔に出てしまうほど悩んでいたつもりはなかったが、鋭いカスパルには見抜かれてしまったのだろう。
「あ、いや……別に、お前が言いたくないならいいけどよ」
 リンハルトの沈黙をどのように受け取ったのか、カスパルは慌てた様子で取り繕った。そんな姿すらいじらしく思えて、リンハルトは口元を緩めてカスパルの頬に手を添える。
「そうだね……少し、悩んでいるかな」
 リンハルトが素直に認めると、カスパルはぴくりと肩を震わせた。そして身を起こして真剣な眼差しでリンハルトを見つめてくる。
「ごめんね、大したことじゃないんだ。ただ、もう少し進展があってもいいんじゃないかと思ってね」
「進展?」
 きょとんとして首を傾げるカスパルに、リンハルトは柔らかな表情を保ったまま頷く。
「そろそろ、君ともっと深い仲になりたいんだけど……君はどうかな?」
「あ……」
 リンハルトの直球な言葉にカスパルは顔を赤くした。そして視線をさまよわせ、しばらく逡巡したあとで枕元の棚から何かの容器を取り出す。
「……これは?」
「潤滑油……だけど……」
 リンハルトが訊ねると、カスパルは消え入りそうな声でそう答えた。
 まさかカスパルがそんなものを所持しているとは思わず、リンハルトの表情が無意識のうちに固くなる。容器の中身は半分ほどまで減っていて、幾度か使用したのであろう痕跡が見て取れた。
「その、バルタザールがくれたんだよ」
「バルタザールが?」
 カスパルの口から出た名前にリンハルトは眉を顰める。
 それはバルタザールがカスパルにいらぬことを吹き込んだのではないかという憂慮からの反応だったのだが、カスパルはリンハルトが機嫌を損ねたと勘違いしたらしく慌てて弁明を始めた。
「いや、別に変な意味はないぜ? あいつはただおせっかいでくれただけで……その、ちょっと減ってるけど、自分でするときに使っただけだからな」
 カスパルは早口でまくしたてると、照れ隠しのように顔を背ける。
 その言葉を聞いたリンハルトの脳裏に浮かんだのは、あらゆる方法でそれを『自分に』使用するカスパルの姿だった。
 自慰もおぼつかないはずのカスパルがまさかそんなことを――という卑猥な期待と共に、そのように使用したとは限らないという冷静な思考がリンハルトの脳裏に思い浮かぶ。
「えっと……つまり、君はこれを自分で使って、その……後ろの準備をしていたということ?」
 リンハルトがおずおずと訊ねると、カスパルはますます顔を赤くして小さく頷く。
「いや、その、オレはどっちでもいいんだけどよ。でも、お前が上をやりたがる可能性もあるかなって……」
 もごもごと説明するカスパルに、リンハルトは言いようのない愛おしさを感じていた。自分の一方的な欲求ではなく、カスパルもそれを望んでくれていることがたまらなく嬉しかったのだ。
「ふふっ……嬉しいな。僕もね、同じこと考えてたんだよ。ほら」
 リンハルトは自分が持っていた潤滑油の容器を懐から取り出してカスパルに見せる。中身が半分ほど減っているそれを見たカスパルは、リンハルトと似たような想像をしたのか更に顔を赤く染めた。
「君の準備ができたなら……次に進んでもいいかな?」
 リンハルトが耳元で問いかけると、カスパルは少し緊張した面持ちで首を縦に振る。
 そんな愛しい幼なじみを見下ろしながら、リンハルトはそっとカスパルの体を抱き寄せた。



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