二人がいいね


 しょうがねえな、という呆れたような声と共にカスパルの手が足腰に回され、リンハルトは衣服越しに逞しい腕の感触と体温を感じた。それとほぼ同時に体が持ち上げられて浮遊感に包まれる。
 ああ、また寝てしまったのか――まどろみの中にあったリンハルトはようやっと自身が寝入ってしまったことを理解した。誰かと食堂で話している最中だった気もするが、起こされないということはさして重要な内容ではないのだろう。
 意識はあるものの、体はまだ眠っていて自由に動かせない。瞼が異様に重くて、開こうとしても思うように持ち上がらない。ただカスパルの体温と心音だけがひどく近い距離にあって、それはとても心地が良かった。
 リンハルトはカスパルに抱きかかえられたままゆっくりと運ばれていく。扉を開ける音、階段を降りる音、体に伝わってくる振動の変化――それらの情報から、カスパルが食堂からリンハルトの私室へと移動していることが理解できた。
 やがて扉の錠を解く音が聞こえたかと思うと、リンハルトの体がやわらかな場所に横たえられる。
 それが自室の寝台であることは経験則でわかった。リンハルトが外で寝込んでしまい、それをカスパルが運ぶというやりとりは日常茶飯事であるため、カスパルはリンハルトの私室の合鍵を持っているのだ。
 そのままでは寝苦しいだろうと考えたのか、カスパルはリンハルトの靴を脱がせて床に落とした。それから後頭部に手を回して頭を軽く上げさせ、髪紐を引いて結っていた髪を解いてゆく。
 首筋に感じるカスパルの体温と、幼い子供に触れるときのような優しい手つき。それらに混じってふわりと漂ってきた汗の匂いに、リンハルトは自身の鼓動が高鳴るのを感じた。
 カスパルの手はすぐに離れていき、温もりや匂いが遠のいてゆく。それがひどくもったいなく思えて、リンハルトはカスパルの首に腕を回して抱き寄せた。
「……もう帰っちゃうのかい? もう少し、一緒にいてくれてもいいじゃないか」
「わっ……なんだよ、起きてたのか?」
 カスパルは驚いたように目を丸くしたが、リンハルトの手を引き剥がしはしなかった。
 それをいいことにリンハルトはカスパルの下肢に手を伸ばし、まだやわらかい膨らみを衣服越しに撫で擦る。リンハルトの手が軽く触れただけでカスパルはぴくりと震え、愛撫から逃げるように腰を引いた。
「あっ……待てって、まだ昼間だぜ」
「嫌かい?」
 リンハルトが指を動かしながらくすくすと笑えば、カスパルは気まずげに視線を逸らす。その顔がほんのりと紅潮しているのが見て取れて、リンハルトは自身が満たされた気分になるのを感じた。
 もっとこの感覚が欲しい。よく知った幼なじみの、まだ知らない面をもっと見たい。
 その欲求に突き動かされるようにカスパルの下肢をまさぐると、やがてそれは芯を持ち始めて衣服を押し上げた。素直なその反応が可愛らしく、リンハルトは口元に笑みを浮かべる。
「勃っちゃったね……こんな状態のまま外には行けないよね?」
「そ、それは、お前がっ」
「責任は取るよ。僕に任せてくれていいからさ……」
 リンハルトはカスパルを寝台の上に引き寄せ、服に手をかけて性器を露出させた。まだ初々しさを残しつつもしっかりと勃起した性器にリンハルトは目を細め、それを優しく掌で包み込んで緩慢な愛撫を施す。
「……っ、あ……」
 やんわりと手を動かして竿を擦ると、カスパルの性器からはすぐに先走りが溢れ出した。それを塗り広げるように亀頭から根元までを掌で扱いてやれば、触れ合った箇所からくちくちと湿った音が立ち始める。
「ふふ、もう濡れてきたね」
「うっ……仕方ねえだろ……」
 からかいの言葉にカスパルは少し不機嫌そうに唇を尖らせた。その子供っぽい仕種にも愛おしさを覚え、リンハルトの下肢に集まった熱が背筋を駆け上がってゆく。
 早くこれを自分の中に収めたい。熱く滾ったカスパルの剛直で腹の奥まで貫いて、中を埋めつくしてぐちゃぐちゃに掻き混ぜて欲しい。そんな欲求がリンハルトの思考を塗り潰していった。
「んっ……気持ちいいかい? ここも、もう固くなってるね」
 リンハルトはカスパルの性器を更に激しく擦り、雁の裏側や先端の窪みを指先でぐりぐりと刺激する。同時に肌着をたくし上げて胸の尖りを指で転がすと、カスパルは寝台に手をついてがくがくと膝を震わせた。
「あ……っ、リンハルト……も、もう……」
「出したい? じゃあ……僕の中で出そうか?」
 リンハルトは自身の衣服をくつろげて下穿きを下ろし、露になった脚を開いてカスパルを誘う。
 まだ触れられていないリンハルトの窄まりは、挿入への期待からヒクヒクと疼いている。すぐにでも挿入できそうなほどそこが解れているのは、リンハルトがこうなることを期待して自身で弄っていたからにほかならなかった。
「……ほら、おいで?」
 リンハルトは恍惚とした表情を浮かべて微笑む。
 カスパルはごくりと喉を鳴らして頷き、先走りを塗り込めるようにしながらリンハルトの後孔に屹立を宛がった。熱く滾った亀頭が窄まりを押し広げながら侵入してくる感覚に、リンハルトはほうっと熱い吐息を漏らす。
「……大丈夫か? 動いてもいいか?」
 性器を根元まで収めたカスパルは、リンハルトの顔を覗き込んで慰撫するように頬を撫でてきた。ごつごつとしたカスパルの掌の感触が心地よく、リンハルトは甘えるようにその手に頬を擦り寄せる。
「うん……僕も、早く君が欲しいな」
 リンハルトは催促するように腰を揺らす。
 カスパルはリンハルトの腰を掴んで位置を調整したのにち、ゆっくりとした動作で抽挿を開始した。律動の度にカスパルの先走りが入口で泡を立て、ぐちゅぐちゅと淫猥な水音が室内に響く。
「あ、あぁっ……いいよ、カスパル……」
 カスパルの亀頭で内壁を擦られる感覚に、リンハルトの口から上擦った声が押し出された。
 カスパルのものは長さこそ平均的だが太さは人一倍あり、リンハルトの窄まりを皺が伸び切るほどに押し広げてくる。それが体内で動く度にリンハルトは強い快感を覚え、無意識のうちに後孔を締め付けてしまっていた。
「リンハルト……リンハルトっ……」
 カスパルは切なげに呻きながら何度も抽挿を繰り返す。
 単調な動作と共に名を呼ぶことしかできないカスパルの拙さが愛おしく、リンハルトは手を伸ばして硬質な空色の髪をそっと梳いた。額に浮かんだ汗をちゅっと音を立てて吸い上げれば、カスパルは安堵したように目を細める。
 律動は徐々に加速し、だんだんと間隔が短くなってゆく。
 限界が近いことを感じ取ったリンハルトはカスパルの腰に足を絡ませ、自身の下肢を押し付けて体を密着させる。そのまま搾り取るように内壁を蠢かせると、カスパルは低く呻きながら太腿を震わせた。
「はぁっ……リンハルトっ……」
 カスパルの熱い吐息を感じてリンハルトはぶるりと身を震わせる。カスパルは頬を上気させて快感に耐えるように眉根を寄せており、余裕のないその姿にリンハルトの心臓が大きく高鳴った。
 可愛い。愛おしい。食べてしまいたい。
 そんな衝動に突き動かされ、リンハルトはカスパルの頭を引き寄せて貪るように唇を重ねた。
 口唇を軽く食みながら舌を絡ませると、唾液が混ざり合う音が口腔に響いて心地良い。その間も結合部では抽挿が続き、そこから生じる快楽で頭がいっぱいになっていった。
「リンハルトっ、もう……」
 限界を訴えるようにカスパルの腰の動きが早まってゆく。肌と肌がぶつかってぱちゅぱちゅと濡れた音を奏で、結合部から飛び散った体液が二人の股間を濡らしていった。
「うんっ……出していいよ、カスパル……あっ、ああっ……!」
 一際強く穿たれた瞬間、リンハルトは脳髄が蕩けるような快楽を感じた。その感覚に押し出されるようにして白濁を吐き出すと同時に、体内に熱いものが迸りじんわりとした温もりが広がってゆく。
「はあ……あぁ……」
 リンハルトは薄目を開けたまま吐息を漏らしてぐったりと脱力する。そこに同じように脱力したカスパルが倒れ込んできて、リンハルトは受け止めるようにしてその体を優しく抱き締めた。
「ふふ……いっぱい出たね。気持ちよかった?」
 汗に濡れた肌から伝わる温もりと鼓動の速さに心地よさを覚えながら、リンハルトはそっとカスパルの頬に触れる。
 カスパルは耳までを赤く染めていたが今度は視線を逸らすことなく、「……おう」と小さな声でリンハルトの言葉に応えた。
 いつまでも初々しい幼なじみの反応が可愛らしく、リンハルトはカスパルの顔を引き寄せて唇を合わせる。その状態で繋がったままの下肢を軽く揺すると、カスパルは僅かに体を震わせて「んっ」と吐息を零した。

 翌朝――いや、夕方くらいのことだ。自室の寝台で目を覚ましたリンハルトは、その出来事が夢であることに気がついて落胆した。
 どこまでが現実で、どこからが夢なのか。おそらく、カスパルがリンハルトをここまで運び、髪を解いたあたりまでは現実だろう。
 カスパルがそのまま帰ったのであればいいのだが、自身がカスパルの股間を撫でたところまでが現実であったなら、リンハルトは穴に潜りたい気分になってしまう。
 カスパルとリンハルトは恋人同士だ。既に何度か体を重ねたことはあるし、関係は良好といって差し支えないだろう。
 ただ、カスパルは性欲というものがあまりにも希薄だった。生理的な反応で体が昂ることがあっても鍛錬で発散するのが常になっているらしく、リンハルトに相手を求めてこないのである。
 リンハルトが求めればカスパルは拒まないため、リンハルトとの行為が嫌というわけではないのだろう。しかし、カスパルのほうから求められないのはいささか寂しいものではあった。
 もしや、と思ってリンハルトは自身の下肢に目をやる。すると、やはりそこは勃起していた。
 リンハルトはため息をつきながら衣服を緩める。そして寝台に横たわったまま自身の股間に手を伸ばし、昂ったそれを慰め始めた。
「……っ、ん……カスパル……」
 夢でカスパルのものを触ったように、リンハルトは手を動かして自身を昂らせてゆく。しかし、いくら擦っても手淫だけで達することはできなかった。
「はあ……やっぱりだめか……」
 原因はわかっていた。リンハルトは自慰の際に後孔を弄る癖がついていたからだ。それはカスパルと同衾する際の準備のつもりだったのだが――次第にそれなしでは物足りない体になってしまっていた。
 仕方なくリンハルトは寝台の横に手を伸ばし、抽斗から小さな壺と太い張り型を取り出す。壺の中には甘い香りを放つ香油が入っており、それを少量取り出して指に絡ませた。
「ん……っ」
 ぬめりを帯びた指で後ろの窄まりに触れると、そこは待ちかねていたかのようにヒクヒクと蠢いた。その浅ましさに苦笑しつつ、リンハルトは指を中へ押し込んで抜き差しを始める。
「あ……カスパル……」
 リンハルトはカスパルのごつごつした手を想像しながら指を動かして内壁を擦ってゆく。これはカスパルを受け入れるための前戯なのだと考えると、リンハルトの体は更に昂ぶりを増していった。
「あぁ……ん……カスパル……もっと、奥……」
 リンハルトは切なげに眉を寄せ、腰を揺らめかせながら指を増やして中を押し広げてゆく。
 もっと奥まで触れて欲しい。この空洞をカスパルのもので満たして欲しい。あの太いもので奥まで穿って、カスパルの手でこの熱を冷まして欲しい。
 リンハルトはもどかしげに腰を揺らしながら吐息を漏らす。しかしいくら中を刺激しても、リンハルトの体が求めるような快感を得ることはできなかった。
「カスパル……早くっ……」
 リンハルトは衝動に突き動かされるまま張り型を手にすると、たっぷりと香油を塗ったそれを自身の窄まりに宛がう。そして、そのまま力を込めて先端を体内に押し込んでいった。
「んっ、んんっ……!」
 異物が入り込んでくる圧迫感にリンハルトの喉から呻き声が漏れる。香油でぬめりを帯びたそれはリンハルトの体を傷付けることはなく、滑らかに内壁を押し広げて奥へと侵入していった。
「はあっ……あぁ……」
 やがて張り型が根元まで入りきると、リンハルトの口から湿った吐息が漏れた。
 リンハルトは張り型をわずかに引き抜いて角度を変え、再度奥へと突き入れて内壁を擦り上げる。それを何度も繰り返していると頭が白んでいき、次第に何も考えられなくなっていった。
「あぁっ……カスパル……カスパルっ……すごいっ……」
 うわごとのように幼なじみの名を呼びながら、リンハルトは張り型を動かして抽挿を繰り返す。すっかりと馴染んだそれは体内を質量で満たしてくれたが、リンハルトが求めるような体温はそこになかった。
 それでもリンハルトはそれをカスパルのものであると信じて内壁にぐりぐりと押し付ける。そうしながら自身の細い手をカスパルの手に見立て、先走りを零し続ける性器を激しく擦り上げた。
「あ……っ、カスパルっ……もう……」
 やがて訪れた限界にリンハルトは背筋を戦慄かせた。張り型を強く握り込んで最奥を穿ち、根元から先端にかけて絞るようにして自身の性器を扱き上げる。
「くっ……! あぁっ……!」
 激しい快感にリンハルトの体がビクビクと戦慄き、張り型の形に押し広げられた窄まりがきゅうっと締まった。その刺激にリンハルトは絶頂を迎え、自身の掌に白濁した体液を吐き出す。
「はあっ……はあっ……」
 リンハルトはしばらく放心しながら肩で息をしていたが、やがてゆっくりと体を起こして張り型を引き抜いた。香油と体液が混ざった液体が中から溢れ出し、その刺激にすらぶるりと体を震わせる。
「ふう……」
 呼吸が落ち着き、熱が過ぎ去ったあとでリンハルトは深いため息をついた。張り型であっても確かに快感は得られるが、それでもやはりカスパルとするときの充足感には遠く及ばない。
「どうやったらその気になってくれるかなあ……」
 リンハルトは寝台の上で枕を抱きながら思案する。カスパルの性欲を増進させ、行為に積極的になってくれる方法があればいいのだが――
「リンハルト、起きてるか? そろそろ晩飯食いに行かねえか?」
 そのとき、部屋の扉を軽く叩く音と同時にカスパルの声が聞こえてきてリンハルトは飛び起きた。抱えていた枕を寝台の上に戻し、乱れた髪を手櫛で梳きながら、脱ぎ捨てた衣服を整えつつ「起きてるよ」と返事をする。
 換気をしていないので匂いが少し不安だったが、カスパルをあまり待たせるわけにもいかない。リンハルトは倦怠感に包まれた体を引き摺って扉へと向かい、カスパルを自室へと招き入れた。
「お、起きてたか! って……なんか顔赤くねえか? 熱でもあるんじゃねえの?」
 カスパルは心配そうな表情を浮かべてリンハルトの顔を覗き込む。原因が原因なだけにリンハルトは後ろめたさを覚え、そっと視線をカスパルから逸らした。
「んー……そうかな? それより早く食堂に行こうよ。シチューがなくなっちゃうかもしれないよ」
「お、そうだな! 行こうぜ!」
 カスパルは露骨なごまかしを疑うこともなく、リンハルトの手を取って歩き出す。その無邪気な横顔に罪悪感を覚えながらも、リンハルトは先ほどの夢に思いを馳せた。
「あのさ、カスパル」
「ん?  なんだ?」
 食堂へ向かう道すがら、リンハルトは隣を歩く幼なじみに声をかける。
「率直に聞くけど……カスパルは僕としたいって思ったりすることはないの?」
「えっ?」
 リンハルトの問いかけにカスパルは大きく目を見開いた。それから言葉の意味を反芻するように何度か瞬きを繰り返す。
「いや……その、なんだ……」
 やがてカスパルはもごもごと言い淀みながら視線を彷徨わせ、リンハルトからそっと目を逸らした。その様子にリンハルトは少しだけ胸がざわつくのを感じつつ、平静を装って言葉の続きを待つ。
「そりゃお前……したいに決まってんだろ」
「……そうなんだ?」
 意外な返答にリンハルトは目を丸くする。
 カスパルは性欲とは縁遠い性質なのだろうと思っていたため、「したい」という欲求があることが当然であるかのようなその言葉は、リンハルトの予想していなかったものだった。
「でも、お前はあんまりしたくないんだろ?」
「えっ?」
 カスパルの口から出た言葉にリンハルトは首を傾げる。
 カスパルは困ったように眉尻を下げて後頭部をガシガシと掻いた。
「いや……だって前に言ってたじゃねえかよ」
「前……?」
 リンハルトはますます首を傾げる。
 以前、自分は何を口にしただろうか。
 少し考えてみると思い当たる節があった。
 恋人同士という関係になる以前に、二人で酒を酌み交わしたときのことだ。リンハルトは自分の交友関係をあまり他者に話さないほうだが、その日は酒と、相手がカスパルであるという気兼ねのなさが相俟ってつい口が滑ってしまったのだろう。
 当時交際していた相手――それは男性だったと思う――が、やたらと求めてきてしつこいだの、研究の邪魔になるから節度を守ってくれだの、そんな不満を口にした記憶がある。相手のことは好意的に思っていたものの、その辺の相性の悪さはどうにもならなかったのだ。
「ああ……そういえばそんな話もしたっけ」
 その事を思い出してリンハルトは苦虫を噛み潰したような表情を浮かべる。
 あのときはまさかカスパルとこのような関係になるとは予想していなかったし、酒の席の戯言だと流してくれているだろうとばかり思っていた。だが、どうやらカスパルはしっかりと記憶していたらしい。
「ふふ、覚えていてくれたんだね。それで僕に気を使ってたんだ」
 自分の失態を後悔すると同時に、カスパルの気遣いを感じられてリンハルトはなんだか面映ゆい気分になった。この幼なじみは存外に目敏いところがあるのだが、それを恋愛的な部分でも発揮するとは予想外だ。
「そりゃあ……まあ、な」
 カスパルは決まりが悪そうに頬を掻く。
 話の流れとはいえ、恋人の恋愛遍歴に触れるのはいい気分ではないのかもしれない。カスパルにもそういった感情があるのだと思うと嬉しくて、リンハルトは肉刺だらけの手を取ってぎゅっと握り締めた。
「リンハルト……?」
「いいよ、そういうのは気にしなくて。それよりも……ふふ……」
 リンハルトは含み笑いを漏らしながら、カスパルの手を自分の頬に押し当てる。自分より高いカスパルの体温が掌からじわりと伝わってきて、汗で冷えた肌を温める感覚が心地がよかった。
「ねえカスパル、僕はしたいよ。君さえよければ今すぐにでも」
 カスパルの手を両手で包み込むようにして握り、顔を覗き込みながら語りかける。
 大胆な誘い文句にカスパルは再び口ごもると、戸惑いを露にして視線を左右に彷徨わせた。
「いや、その……シチューはどうするんだよ」
「シチューは明日でも食べられるよ。質を問わないなら僕の部屋にもいくらか食事の蓄えはあるし……ね?」
 カスパルの下手な照れ隠しにリンハルトはくすくすと笑う。
 シチューを食べ損ねるのは確かに残念ではあるが、幸いにもリンハルトとカスパルは明日の食事の保証がされている立場だ。一食抜いた程度で餓死するわけではない。それよりも、今はカスパルのことを求めていたかった。
「ねえ……駄目かい?」
 リンハルトは少し身を眺めてカスパルの唇に口づけをする。そのまま唇を舐め上げて軽く吸うと、カスパルは観念したように「わかったよ」と頷いた。
「あんま期待すんなよ。オレ、こういうの慣れてねえし……」
「わかってるよ。だから二人でいろいろやって慣れていこうね?」
 これから待ち受けている行為への期待感に胸が躍るのを感じつつ、リンハルトは踵を返してカスパルを自室へと導く。
 けっきょくはリンハルトが押し切る形になってしまったが、カスパルの真意を聞くことができたのは収穫だった。そのことが何よりも嬉しくて、リンハルトはカスパルの頬に唇を寄せて微笑んだ。



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