火村→アリス。ちょっと不思議系です。
ストレンジ フルーツ
天農が絵本の挿画を手がけたというので、俺は早速1冊求めた。
勿論、エブリデー割引がきく生協を通して、だ。
タイトルは『フルーツ』。
ストーリーは、ない。
見開き2ページを使って、果物の絵を載せているだけなのだ。
左側のページには、樹からもがれた丸ごとの林檎。
右側のページには皮を剥がれ6つにカットされた林檎が、「さぁどうぞ」と、読み手に差し出されている。
フォークに刺された果実は真に迫った描写で、画面を越えて手に取れそうだ。
食感まで伝わってきそうな、精緻で写実的な表現。
子供達は相当食欲をそそられるのではないだろうか。
ブラボー、さすがプロ、アプローズを捧げよう。
林檎の次は水瓜、梨、葡萄、桃。
『○○です』
『さぁどうぞ』
見開きを構成する文章はこの二つだけだ。
文に変化はなく、絵ばかりが印象に残る。
果物カタログかよこれは。
結末が分かるようで分からないままページをめくる。
マンゴーの次はライチ。その次は栗。
剥いたり切ったりするだけでは食べられないフルーツが出てきた。
何となく下ごしらえの難易度が上がってきている。
そしてようやく最後のページ。
開くと、見開きいっぱいに横たわるアリスが描かれていた。
まさかと目を疑ったが、どう見ても彼で間違いはなさそうだ。
今にも動き出しそうなほどリアルで、息づかいさえ感じられそうで。
白いフロアに流れた髪の一筋、身につけたシャツの感触まで想像できる。
「……どういう冗談だよ」
これは子供向けの絵本として、内容がおかしすぎるだろう。
がばっと本をひっくり返し、表紙を見た。
「火村英生限定……?」
こんなキャッチコピー、買ったときは印字されてなかったぞ?
薄気味が悪い。けれど再び絵本を開いてアリスの絵と向き合う。
ポージングが少し変わっている。
寝返りをうって背中のラインを見せているアリスは、顔だけこちらに傾け、俺を見ていた。
喋ろうが動こうが俺はもはや驚かない。
その瞳は心を射止め理性を痺れさせる。
俺は絵本の中の彼に、うっかり魅入られてしまった。
『さぁどうぞ』
中でアリスが、小さく瞬きをした。
次のページをめくれと言う。
「次? 次のページなんか、ねぇよ」
最後のページにはなにもない、ただの白紙だ。
それでも、
『さぁ』
次へ いこう、と。
まだ熟しきらないサクランボのような色の唇がはぜるように開かれて、俺は情けなくも切羽詰まってきた。
なんて絵本だ。
これを書いたやつは、結構いやかなり底意地が悪いに違いない。
ちいさな子供の手では、食べたくても食べられないフルーツばかり。
ましてや俺が手をこまねいている相手は、食い物なんかじゃねぇし。
凡例を挙げておきながら、それが少しも役に立たないオチを構えてやがる。
どうしろっていうんだ!
『火村、いらへんの?』
差し出される指先は、どんなフルーツにも例えられない。
くちにしたい。
むいてしまいたい。
あじわってみたい。
「……まて……!」
自分の唸り声と、紙を引っ掻く音で目が覚めた。
かしっ、かしかしかし。
「……?!……?」
枕元を仰ぎ見ると、コウがDMに施された封印を爪で弄んでいる。
なんて夢だよ全く。
たっぷり3秒間、腹の底から息を吐き出して起き上がる。
「悪戯するなよ?」とコウの元からDMを引き寄せて開封した。
差出人は天農仁。
写実とは縁遠い、不定形なフォルムをした絵ばかりがリーフレットには載っていた。
「頼むからお前は絵本なんかやめとけ」
夢を見たのは天農のせいではないことを知っているのにそう呟く。
実に認めたくないものだが、臍下のものはしっかりとボトムの一点を押し上げていた。
そうだよ欲しくてたまんねぇよ悪かったな。
忘れられそうにない夢に乱され、揺さぶられた欲がうずきを訴える。
布団の上でスウェットを押し下げながら考えた。
絵の中のフルーツを食べる真似事では満足できなくなったら、どうしたらいいんだろう。
隠した欲求が募って、いよいよ進退窮まってしまったら。
「その時こそ、次のページにへたくそな絵を描いてやるさ」
『さぁ、どうぞ』
今のは、幻聴?
参考図書:平山和子『くだもの』
光栄なことに『3月』のなでしこ様から、このSSをイメージなさったイラストを頂いてますv
アリスの笑顔が思い描いていた通りで心臓つぶれました!
ありがとうございます!!
2008/1/22
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