4.



長い指がキャメルを一本抜いて、彼の口を塞いだ。
既に底が見えない灰皿が意味することは、すぐ分かった。

 
「お前が答えてくれんのやったら、もうどおでもいい。お前の不平不満など知らんし、海王星の彼方にでもほかしておく」

アリスはまだ濡れた前髪そのままに、浴衣を引っ掛け胡座でベッドに座る。風呂で『下準備』とやらを実践してみたので、だいぶ肝が据わってきた。
隣のベッドで向かい合う火村は、帰ってきた時何故か解いていた浴衣の紐をだらしなく結び直している。


どうでもいい、と威勢良く言い放ったが実はとても気になる。だが最初から相手に問うては、いけない。
だから踏み越えていきます、気分はブルドーザー。

火村が灰皿を山にしていたころ、まっすぐ二丁目に向かい選んだバー。
喋ることにかけてはプロのオーナーと、話し好きのアリス。
さんざん即物的な話の後に、

『……僕的に何より大事なことがあるけど』

と、カウンターの彼は前置きをした。

そこでアリスは片手を上げた。

『言わんとって』

誰かの言葉に囚われたくない。職業意識からじゃない、それはきっと、マウンドに立ったピッチャーの心境。
「今夜」というバッターを破って、火村に届けるボールを決めるのは自分、だから。





「とりあえず俺から言う」 

距離を埋める手段は、自分だけが知っている。そして二人じゃないとできない。
人前で抱き寄せられたり、手を添えられるのを拒むことについてアリスが電車の中で考えたことを、もう一度吟味してゆっくり話す。火村はあくまでポーカーフェイスであろうとしたようだが、「降参だ」と諸手を上げた。

「俺が小さいことで拗ねてただけなんだよ、要するに」
「そうや、認めろ。例外として、俺が雪道で滑ったら迷わず抱きしめてくれてええぞ」
「罪悪感なく放っとくね」
「冷たいな。火村やったら俺がぶつかったぐらいでこけんやろ」
「お前な、身構えなく170超える男に突っ込んでこられたら軽い事故だっつの。俺はお互いのために避けるよ。人は失敗して歩き方を覚えるもんだ」
「冗談やない。小さい子は、やらかいからコケてもコケても大けがにならん。大人がやったら大変や」
「薬箱でも持ち歩くか?」
「お前の家の薬箱は怪しい」
「まともだぜ? 少なくとも痛み止めはある」


真面目腐っていた火村が、いやらしくニヤっと笑った。
先週北白川の下宿で、婆ちゃんの留守中にキスをして、当然それだけに留まらなかった二人は用意もなしに事にいたった。


結局は未遂に終わったが、アリスの受け入れる其処は生まれて初めて大きく開かれ、受け入れられるぎりぎりの所まで火村に挿入された。全部は無理だったけれど。
終わった後もしばらく腰が立たない、というアリスに火村が鎮痛剤もろもろを買ってきたのだ。
そのニヤニヤ笑いは、しかしどこか切なげだ。

「こいよ」

ぐいと、向かいの火村に手を引かれた。もう抵抗する理由がないのでそのままベッドになだれ込む。


「アリス、聞きたいことがないと言ったが、撤回する」
「早っ、なんやねんその変わり身は」
「二丁目で何して遊んだ?アリス」

向かい合う火村の目に、めらりとスタンドライトの橙が流れた。きれいで、すこし恐い。あの街の名前は火村の何かを煽ったらしい。俺はお前が特別やって、こんなに示してるのに。


自分の独占欲を顧みる頭があるくせに、全然フィードバック機能がない。
英都最年少助教授の脳内は、どっか足りてないってどういうネタや。
おいしいなぁ。
こんな火村は食べてしまえ。

「酒飲みながら、火村の食べ方を聞いてきた」
「頼もしいじゃねぇか、どこでだ」
「わからんやっちゃな。ちょっと待ち」

クローゼットに仕舞ったダウンジャケットのポケットを探る。一枚のカードを右手に、手のひらに収まるボトルを左手に隠す。

「ここや」
「そういう筋のバーか?」

差し出された名刺を、ジーッと音が立ちそうなほど見つめている。

「あやしいとこちゃうかった、存外普通なんやな。蘭ちゃんとこのがインパクト強いわ」

そう言うと、アリスは前置きなく全ての明かりを消してから、手探りでベッドヘッドの上だけを淡く灯した。
何が始まるのか分からないはずのない恋人にゆっくり体重をかけて、ベッドに仰臥させる。
昨日の朝捕まえたのと同じ黒い瞳が、アリスの言葉を待っていてやけに愛おしい。

「火村、俺たちは方法論は間違ってない。でも経験が不足している。よって手法の知識も字面だけや。ついでに感情が絡むと、認識レヴェルでの擦り合わせだって疎かになってん」
「アリス」
「相互理解ないままセックスって、多分気持ちよくないやん、なぁ」

火村の上下したのど仏に、触れたい衝動。


「……どれを、相互に理解したい?」
「君がずっと不機嫌やった理由を知りたい。君を体で言うこと聞かすのも悪くないけど? とりあえず口もきけそうやから弁明聞いたる」

見下ろす火村は、どこか投げやりな様子で目を眇める。

「今頃、太陽系の外なんだろ?」

可愛くない男の鼻をつまむ。

「はよ吐け。今このままやったって、なんかちゃうもん」

雄の本能でイけば射精感ですっきりするけど、きっとどこか満たされない。
終電を降りてホテルに向かう途中見つめていた背中は、まるでアリスから逃げようとしているようだった。痛ましい何かから目を背けるように。


自惚れではなく、火村に関しては行動パターンのデータベースが半端でないつもりだ。採取し選り分け、分析と判断を重ね続け。
それでも分かるのはそこまでで、それ以上を知りたいという衝動は、もう頭と言うより体からきている。

なぜか。
ガリレオの時代から、空を見上げ星に名をつけてきた人々の手と目は、いまなお遠くへ遠くへ飛ぼうとしている。果てしない、太陽の光も届かない場所へと。これはもうロゴスの支配を超えたところにある。
自分が生存する理由を知りたがる生物学者と同じ。


どこから連れてこられ、自分はどこにいくのか。この『世界』はなんなのか。
紀元前からずっと分かち合い問い続けてきた、知りたいという欲求は体から生まれる、愛すらきっと。
だから火村を知りたい、どれも切り離せやしない。



ついた両手に挟まれている火村の表情は、息をしているのか疑いたくなるものだ。
即答を期待していたアリスは焦れて、上半身を起こしマウントポジションを取ろうとしたら世界が反転した。


「アリス。落として上げるのは漫才だけにしてくれ」


シーツに両手首を縫いとめられたから、左手のものが火村の目にとまった。
びっくりさせてやろうと思ってたのに、非常に残念だ。

「なんのことや」
「俺は今日一日で天国と地獄を行き来したね、確実に二往復ばかり」

左手首を押さえたまま、人さし指と中指だけ伸ばしてアリスの握りしめたものを暴く。ゆっくりと。

「一往復目は、朝の新幹線」
「て。あ……あれ、見とったんか」

アリスの目が面白いほど大きく開かれる。
しかしすぐに情けなく目尻と眉が下がった。

「横を通ったんだがな、一応」
「焦ってて目に入らんかった。もう、睨むな。あんなぁ、俺振られたん知ってるよな? 古傷から逃げ出したいのを、精いっぱい男の意地で突っ張ってんのも分からへんか。よーく聞け、彼女はもう結婚して千葉におるんや。超大手広告代理店勤務のエリートマンの妻にして娘二人のオカアチャン。大阪には里帰りしてたんだと。様子変わってたやろー? で、甲斐性のない俺は仕事の話で煙幕張ってたわけや」
「俺からすれば仇敵だ。お前は何一つ弁明しねぇし」
「疚しくないのに何を弁解せぇと? お前に見られてたんも気付かんかったんやし」
「気付けよ。で、まぁ待ち合わせには遅れてくるし、ケータイは圏外だ。あの時の俺は、どんな理由なのか考えただけで煉獄だったね」

火村は「あー言いたくない」とぼやいている割に、にやにやと笑っている。
アリスはボトルなどすっかり手放していた。口に入っても無害だという、高保潤のローションはマスターからの『応援物資』だ。

「二つ目は、お前が出ていった一時間半。こんな気持ちの俺が、何を考えていたか推して知れよ?」
「まさか俺が彼女と会うてたらって? どんだけ妄想してんー」
「理由は以上だ。満足したか? 俺の滑稽な話を聞いて」
「ますます欠乏した」
「なぜ」

そう投げかけられることを期待して言ったけれど、問いかけられると途端に口に鍵がおりる。
言えるものか。二年前去った彼女のように、ある日突然噛み合なくなって、その「ある日」が今夜だったらどうしようかと想像したなんて。


逆転サヨナラじゃ綱渡り過ぎる。
十余年の実力を証明してくれなくては。いますぐ。
繋げ。

「自信がない。君のことはよう知っとるつもりやったのに、それも限界はあった」
「俺もおかしいくらい自信がないんだよ。わかるだろ? 俺がどのくらいお前に関しちゃ狭量なのか」

若白髪まじりの前髪の先端が頬をかすめてちくっとする。額と額がくっついた。体温を確かめあうように、見えない意志を交流させるように。

祈るように、ああ、繋がれ。

ひむら、と呼ぼうとしても胸が詰まって上手く言えない。吐息だけでなんとか言葉を綴った。

「体で購えんもんをくれゆうんは、おたがいさまやろ……好きなんや」


そして言葉だけでは感じあえないんだと、いうメッセージは、唇から吸い上げられた。

 

 



 
蜜を分け与えるようなキスを、さらに片手指の数だけした頃には、浴衣の割れた裾からこぼれたものが、上に覆いかぶさっている火村の腿に当たっていた。

頼りなくアリスの腰に留まっていた帯を、しゅっと音をたてて抜いた火村は、ゆるく立ち上がったそこの先だけ飴玉のように含む。
熱が集まり出す、その急な変化にアリスは鋭く息をのんだ。

舌と口蓋にじゅっと絞られ、生ガキみたいに自分のものが吸い込まれるのを見た。
ぐん、と質量を増すのが分かる。
絶え間なく甘やかなものが腰の奥に溢れて、流れこむ仮想の蜜層は下腹部をずくずくと重くさせる。
酷薄な印象すらある唇を窄めてにじみ出る液体をちゅっと吸い上げ、

「もういきそうか?」

と、からかいついでに尖った鼻梁を、はち切れんばかりのそこに擦り付けるのはあんまりだ。

どれも友人だった頃から好きな造作をしている顔で、欲望を弄ばれるのは恥ずかしい。昔、苦手だったフランス語の発音をひとつひとつ教えてくれた男の唇に、こってりと愛されている。

「ひむら、おればっかり……いやや」

飽かず柔らかな舌で裏から横から嘗め擦られて、喉奥まで呑まれて、いい加減寝不足だった頭はゆるく解け出す。

「あとで頼むから、アリス。感じてな」

胸が膨らむような呼吸をすると、勝手に、言葉にならない声が押し出された。吐息に喘ぎが混じるのを、止めようがない。
頭蓋に響く甘ったれた自分の声は聞き慣れな色で、変じゃないかと気になった。
うっすら目を開いて、下方へ焦点を合わせると、噛み付くような視線の火村がいた。

「あン………んな……食わんといて」

果物を飲み込むような大きな舌のと喉の動きに、ついそんなことを言った。
でも、もっとしてほしい。


おぼつかなくなった思考にもどかしさを感じていると、ぐるん、と体が回って枕に抱きついてろと言われる。
でも核心は放擲されてしまって、いきたくてもいけない。

「お前が、俺を食ってくれるんじゃないのか?」

掠れぎみの睦言は、さっきの返事らしい。
右の腿に当たる屹立がくすぐったい。
こんどは軽く前を扱かれ、粘る水の音がする。

「……ン……まって……ぁ、…ひむらぁ…………」

恋情をぶつけた勢いが欲求の暴走を促し、普段ならためらう卑猥な言葉が、呼ぶ声に続いて舌に乗る。

「アリス」

火村は唸って、肩甲骨に齧じりついてきた。

「……そう言うんなら、やってみせてくれよ?」



ボトルのフィルムを剥ぐ火村の手が滑りがちなのは、さっき擦り付けたアリスの先走りのせいばかりではない。器用なはずの指先を狂わせているのは、自分なのだ。

ぞくぞくする。彼の冷静さが壊れる音に喜んだ。
さらっとした液体をてのひらに取ったアリスは、バーで聞きかじった通り、迷わず自分の指と股間にべたりとなじませて、ゆっくり、指を滑り込ませる。


気持ちいいところだけ、気持ちいいことだけまずは思い浮かべて。
後腔のすこし前の部分を腹のなかに吸い上げるよう意識して、臍の下と交わる辺りをコントロールする。

骨盤を火村の手が支えた。あの欲情に濡れた目が、後腔を弄る手もとに落ちているとおもうと、鈴口からじわっと催すものがあった。
今までになく広がる手応えに嬉しくなる自分は、十分おかしいかもしれない。
こんなに狂ってる。


「は……」
「自分でやった方がいいのか?」


からかっているにしては、切羽詰まっている響き。そう思った矢先手を取られる。開きかけのそこに、火村が張り切った自身をねじ込んできた。


「あぁッ!やっ、ア、あ、……あぁ」
「……わりい」

長く長く尾を引く破瓜の衝撃を、シーツを掻きむしって耐えた。信じられない深いところまで当たっていて、小さな子みたいにわぁわぁ泣いてしまいそうだ。
火村を振り返ると、切なく眉を寄せている。食い締める入り口は、ひょっとして痛みを与えているのかもしれない。


ああ、緩めないと。
はぁ、ふぅ、と吐き出して、躊躇いがちに腰をくねらせると、すこし柔らかく動けた。
火村も慎重に腰を進めてくれて、ようよう馴染む。異物感は相応にあったが、好きな相手と、という気持ちがシャワーのように体を流れて、甘やかな痺れが指先まで巡る。

小さく片足を引き寄せ尻をクンと押し出すと自分の中に、おや、という点があって。
もっと確かめてみたかったけど、さすがにまだ恐くてできない。
ああでも、もどかしい。


躊躇いがちだが、抽挿のペースをすこし上げてきた火村に委ねてみる。学者なんかやってるが、運動神経も体力も並のサラリーマン以上のこの男。勘がいいのか、こちらの体の微妙な変化に聡い。
これ以上は、と泣くと、暴れ出す寸前を計って、いたぶるように腰を入れてくる。


探られる、奥の方、確実にアリスの蜜のポッドを求めて。
止まらない体の震えを、右手だけで両手首固定という軽い拘束で加速させられる。


「あ、ふ……あッ、ん!」
「ちょっと、痛いことになるかもしれねぇ……」
「うそや……いやぁ……ぁ」


少し怖がらせるようなことを言っておいて、素直にせがまないアリスの欲望を突き壊しにきてくれる。
はぁはぁと、荒い息が部屋にこもる。


甘い愉悦に下から理性が炙られて、焼、け、お、ち、る。

 
「ああ、もぉ、あかん……」
「気分、悪いのか?」
「あんなぁ……」

ふ、と吐息。
一瞥をくれてやって、猫みたいに舌でちろりと唇をなめる。
こんなにしてて、気分悪かったら俺は君を蹴り出している。
そんな俺からのアンサー。

「ひむら……おいしい」



ぎゅう、って絞り込むのは存外すぐ覚えられるもんだった。
いや、ちょっと挑発したかっただけなんだけど。

 

 

………………ずる。

あ、抜けた。

 

 

「俺ほんまに英生ちゃんいただいちゃったんか……?」
「……アーリスー」



持ち直す自信はあるがしかし少し時間がいるんだぞアリスてめえ。
とか、すっきりしたくせに何だかいじけている。


くくったゴムをバシッとペールに叩き入れるその気持ちは分からんでもないけど。
ほら、疲労困憊やし、寝不足やし、もう夜明け前だし。
だいじょうぶ、普段早くないこと知ってるから拗ねるな。

「俺まだイってないけどー、心境的にはめっちゃ満足かも……」
「ねるなアリスたのむから」

滅多にないくらい情けない様子の火村が愛おしい。
リベンジしたいのはやまやま。



痛みばかりではない、痺れるような熱が擦れたところから体全体を脈打たせて、とろけるかと思った。
あのまま揺さぶられたら間違いなく癖になる。それぐらい悦い。
一歩進んで、半歩下がったといったところだろうか。



もうちょっと楽しんでいたいけれど、大仕事を終えた体は、急速にブラックアウトする意識に持っていかれ………………恨み言は明日聞く……。

 

 

 

自分の体はとりあえずここにあり、愛する人間とこの部屋にいる。それがやたらに嬉しくて幸せで、寝顔はうっすら笑っていたろうと思う。



赤ちゃんが本能で浮かべるみたいな、心を明け渡したあとの笑顔。

 

落ちる直前、手のひらにぬくもりを感じた。 



 

 




これからももっと君を知りたくなる。
五月の階段教室で、私の宇宙に先に手を触れたのは君の方だった。知りたいという欲求の在り処なら、君だって先刻承知だろう。


誰が二人をあの教室に運んでくれたのか、そんなものは外宇宙の広さを測るより興味のない命題。
それよりも二つの宇宙がいまなお隣り合う奇跡に、ただただ感謝したい。


愛しあう喜びに、知ることの充足に。 たとえひと欠片の闇が残ったとしてもそれすら納得できる。

 

繋がりあう、世界はそれだけで輝きだす。
 

 
新しい朝、見上げた睫毛の先には、きっと抱きしめたいほどの青空。







 

 
 

<蛇足>

 

「あったま、おもい……」

たった二時間の睡眠は、頭蓋の内側に砂をつめたような疲労を残すだけの、この上なく不快な目覚めをもたらした。

「無理に起きなくても、チェックアウトまで三時間ある。もう少し眠てろよ」
「いや、起きる」

そういったものの、どこも動かせない。
体には疼痛鈍痛筋肉痛の三連コンボがのしかかっていた。
ドレッサー兼ライティングデスクに向かう火村は、浴衣を纏った背を見せている。お前はナポレオン以上の超人だよ。

ようよう体を起してシャワーを浴びようと一歩絨緞敷のフロアに踏み出したら、ぺた、と座るつもりのない床にへたり込んだ。

「あれ……?」
「歩行のバランスをとる筋肉にも無茶をさせたんだ。急に立つとあぶない」

書き物を中断し、くるりとこちらを向いた火村の目には隈。


「火村まさか起きとった?」
「いや、俺も寝たよ。流石に」

手を取られ、立ち上がりの補助をしてもらう。
シャワーを浴びると次は猛烈に食欲が騒ぎ出した。

「飯や飯、飯いこ」
「はいはい」

なんとか歩ける。ひょこひょこなるのはしょうがないとして、部屋を出た。
が、レストランに向かう途中、廊下でまた下肢が頼りなくなった。
火村に肘下を支えてもらって、おそるおそる歩き出す。
高齢者ってこういう感覚なのだろうかとふと過って、蒼然とした。
いやいやまだまだ三十代だし。

「おい、今日は大阪に帰れるのか先生」
「アホな。こんなんいつまでも続くわけない……な?」
「なんだったら肩貸してやるぜ。なぜか一夜にして、公共の場でこうして腕組めるようになったことだしなぁ?」

………………。

「俺が悪かった。だから壁を伝い歩きするのはもうやめてくれアリス」

 


ごめんなさいごめんなさいごめんなさーいー! 最後までお読み頂きありがとうございました、感謝です! 助教授のリベンジは、のちのちたっぷりと。

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