特別室
名古屋市には、戦災で多くの建物を失ったため、現在まで残っている歴史的建造物は多くありません。歴史的建造物は、都市景観に
深みと個性をもたらすなど、都市景観形成上重要な役割を担っています。
当初、配水塔として建てられ、昭和40年に図書館に、さらに平成7年に演劇練習館に改造されました。直径33mの円筒形水槽の外周に沿って建てた
高さ20m、直径1.5mの円柱16本が外観を決定しています。
名古屋城築城の際に架けられた橋で堀川七橋の一つに数えられる。当時木造であったが、明治19年(1886)笹島に名古屋停車場が でき、長者町ま
でしかなかった広小路が駅前大通として西に延長、そのため大正2年に青銅鋳鉄の欄干に架け替えられた。この橋の高欄中央部には堀川開削の総奉
行だった福島正則の功績をたたえて、家紋の「中貫十文字」が掲げられている。また、両脇には信長・秀吉・家康の三英傑の家紋もみられる。
外壁は2階窓台まで龍山石及び人造擬石ブロック張りで、上部は茶褐色のタイル仕上げです。最上部の窓はすべてアーチ形のサッシで統一されています。
明治43年、第10回関西府県連合共進会が、現在の鶴舞公園を会場として開かれた時に、鈴木禎次の設計によって造られました。ローマ様式の噴水
塔はその完成度が高く、列柱はドリス式を用い、水は最上部まで揚げて、8本の突起部から自然に落水させています。
年 代/ 昭和3年(1928) 年 代/ 昭和10年(1935)
構造等/ 鉄筋コンクリート造・石張り 構造等/ 鉄骨鉄筋コンクリート造・2階建
設計者/ 佐藤功一 設計者/ 曽根・中條建築事務所
大正14年に普通選挙法が成立し、初の普通選挙が実施された 新古典主義の銀行建築です。
昭和3年に、これを記念して建設されました。 イオニア式の柱と三層の水平な構成がほどよい
普選壇には五ケ条の御誓文が刻まれています。 プロポーションを造り上げ、格子の入った窓も繊細印象与えます。
仕上げは花崗岩です。
旧中央信託銀行(株)名古屋支店 現UFJ銀行貨幣資料館 愛知県庁本庁舎 中区三の丸3丁目
中区錦2丁目
年 代/ 昭和元年(1926) 年 代/ 昭和13年(1938)
構造等/ 鉄骨鉄筋コンクリート造・5階建 構造等/ 鉄骨鉄筋コンクリート造・7階建
設計者/ 鈴木禎次・曾禰達蔵(顧問) 設計者/ 愛知県建築課
旧名古屋銀行の本店として建てられましたが、 銅版葺で、入母屋の櫓のような塔が三方にのっています。
昭和16年に他行と合併して東海銀行になり、昭和37年 壁は褐色のタイル張りですが、 1階部は花崗岩を張り、
から平成12年までは中央信託銀行名古屋支店 上層は城のような白壁の仕上げで頂部に瓦屋根をのせ
(平成12年に合併して中央三井信託銀行)として使われ ています。、帝冠様式の建物です。
ていました。
4階分の巨大な6本のコリント式の列柱が大きな特徴とな
っています。
高さ53mの中央塔の上部に二層の屋根を付し、最上層の四注屋根先端に四方にらみのシャチをのせて、名古屋城との調和を図っています。鉄筋コンク
リート耐震耐火構造で地階を含め11階建ての建物だ。帝冠様式とよばれる。ビルの上に瓦をのせた形の塔屋は、各面に時計が配され、「時計塔」と呼ば
れている。
鍋屋上野浄水場第1ポンプ所 千種区宮の腰町1番 金城学院栄光館 東区白壁4丁目
年 代/ 大正3年(1914) 年 代/ 昭和11年(1936)
構造等/ レンガ造・平屋建 構造等/ 鉄筋コンクリート造・3階建
設計者/ 名古屋市水道部(丹羽重光) 設計者/ 佐藤鑑(基本設計)、城戸武男(本設計)
英国から直輸入した赤レンガ造りで、ヨーロッパ 白い壁面に深い彫りのアーチ窓が連続し、屋根には洋瓦がのり、
古典期のの建築様式を基調とし、一部にバロック 教会風の仕上げとなっています。2階部分には連続して縦長の大きな
様式をとり入れています。 窓が設けられ、 威厳をかもし出しています。
この教会は白壁・主税・橦木の町並み保存地区にあり、明治20年に士族屋敷を改造して建てられたものです。礼拝堂は正面玄関ポーチを三連アーチ
で構成し、アーチが白漆喰で仕上げられていることと、柱が黒く塗られていることもあり、色彩の対比が簡素な礼拝堂に華やかさを与えています。司祭
館は外観を下見板張りとした洋風建築物であります。
産業技術記念館(旧事務棟) 西区則武新町4丁目 産業伎術記念館(旧豊田自働織布工場)
明治44年に建てられ老朽化して使われていなかった自働織布工場を平成6年に産業・技術の展示館である産業技術記念館として再生しました。産業
技術記念館は、保存状態の良い木造部分とレンガ壁を最大限残し、工場に馴染みの深い「のこぎり屋根」を現代の素材で再生しています。赤レンガ及
びのこぎり屋根は当時の工場の面影を残し、良好な景観を形成しています。
慶長年間の「清洲越し」で清洲の五条川にあった木造の橋をそのまま名古屋に移したため名称ももとのままとしています。昭和13年に木造 の橋に似
せた意匠で架け替えられたRC造の三径間桁橋です。御影石の親柱、高欄、擬宝珠、石張舗装が落ちついたイメージをさらに助長しています。
名古屋教区司教座聖堂ともいい、愛知、岐阜、石川、福井、富山の中心となるカトリック教会です。名古屋市内で一番大きいゴシック風の教会堂であり、
全体にシンプルな外観の中にも、双塔や先の尖ったアーチなどにその特徴がみられます。双塔は都心東部のあちこちから眺望でき、地域のランドマー
クとして市民に親しまれています。
この閘門は中川運河と堀川を結ぶ水路の水位調整を目的に設けられたものです。水門昇降用の釣り合い錘を収容するために設けられた2基1組の塔は、
高さが21m程あり名古屋の幹線輸送路だった中川運河と堀川との水位差を調節し、両水路の便を図るため、昭和5年に設置。塔2対の間で 船が行き来
するたびに上下していた水門だが、昭和51年にその役目を終え、現在では公園として整備されている。日没から21時頃までにかけてライトアップされ、
異国情緒あふれる風景を見せてくれる。
正面部分を半円アーチとし、パラペットにアクセントを施し、2〜3階の開口部を外側に少しふくらませて5本の付柱を設けています。外装はスクラッチタ
イルを用いるなど華やかさを演出していますが、全体に骨太であり、左右対称という原則を保ってていることから全体に落ち着いた感じがするとともに、
時代の流行を反映した建物です。
庄内川から黒川(堀川)へ用水を引くために設けた樋門であり、矢田川の地下を通り、ここから黒川へ流れ込みます。3連の樋門に2つの石段があり、
巻上機の上屋は木造で復元されています。樋門の上も人が通れるようになっていることから、黒川の景観をより身近に感じさせるものとなっています。
年 代/ 昭和3年(1928)(昭和61年復元修理) 構造等/ 鉄筋コンクリート造・2階建 設計者/ 佐藤三郎
東西に長い棟の南面中央部に、大きな開口部を持つ重厚な玄関車寄せを設け、棟の両端部も前方に張り出し、左右対称に構成されています。
スチールサッシを用いた大型の窓を配し、外壁には軒蛇腹(のきじゃばら)にまで達する片蓋柱(かたふたばしら)を付け、端正な西洋古典様式
の構成法を踏襲しています。茶褐色のスクラッチタイルが暖かみのある表情をつくり出しています。
円筒形の迫力ある独特の形態をもった給水塔で、改修の際に現在のような腰折の多角形屋根がつくられました。 高い位置にあり、かつ背の高いことも
あって、各所から見ることのできるランドマークとなっています。昭和48年まで付近一帯に給水する配水塔として利用されていました。
南山学園講堂 昭和区五軒家町6番地 南山学園ピオ11世館 昭和区南山町1番地
年 代/ 昭和26年(1951) 年 代/ 昭和28年(1953)
構造等/ 鉄筋コンクリート造・3階建 構造等/ 鉄筋コンクリート造・4階建
設計者/ 清水建設株式会社 設計者/ 株式会社日建設計
年 代/ 昭和7年(1932) 構造等/ 鉄筋コンクリート造・3階建 設計者/ マックス・ヒンデル
南山学園は、昭和7年にドイツ人ライネルスによって創立されました。ライネルス館は南山丘陵の一面を削平盛土した敷地の最南端に位置しています。
ライネルス館の外観は左右対称で黄土色のテラゾーで仕上げられ、落ち着いたデザインになっています。全体として規律と地味さが際立つ意匠といえ
ます。講堂及びピオ11世館は、ライネルス館と同様のデザインで建てられ、この周辺の一体感ある景観を構成しています。
名古屋大学キャンパス内のグリーンベルトの東端に位置し、四谷通からもよく目につき、当大学のシンボルにもなっています。建物の外観は、打放しコン
クリートの構造体を力強く表現しており、はつらつとした印象を与えるものとなっています。昭和35年に日本建築学会賞を受賞しています。