お題:「ジェットコースターエロラブ」

オリキャラ有りです御注意。出しゃばります。恋愛的な絡みはなし。
そして話が無駄に長い。エロも長い割にエロくなかったらすいません…。
伏線の取りこぼしとかトリックもどきの破たんとか
あるかもしれないけど確認する時間ないからそんなの関係ねぇーーーー(泣)
あとでこっそり直します…






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きび様&スイ

 


1.



師走である。
街路樹の葉は朽ち、池の水もレンガの色さえも淡くくすんで見える。開いていたものは閉じ、輝いていたものは艶を失う季節の訪れを誰しもが感じた。
しかし今日は昨日より3度も高いと言われるだけあって、風が少しやわらかい。
日もたっぷり降り注がれ、屋外で遊ぶにはこれ以上なく恵まれた天気といえよう。



アリスは午後の講義をひとつさぼって、友人達と『六甲アンリミテッドランド』という、関西では最大のテーマパークに来ていた。


メンバーは同じ法学部在籍の青葉と桃井、それから社会学部の火村だ。
学部を越えて知り合った4人は、いずれも気心の知れた仲である。性格はてんでバラバラだったが、アリスにとってはこの上なく居心地の良い取り合わせだった。
だが入園して間もなく二組に分かれてしまい、アリスは火村と二人で園内を回る事になった。
遊歩道脇を固める色とりどりの名も知らない植栽に案内されるままに足を運ぶ。
行く先にはピンクやイエローの花の絨毯が広がり、木々にはクリスマスのオーナメントが輝き、訪れた者の目を楽しませている。
夢を与える場所らしいなんとも華やかで晴れ晴れしい光景には、誰だって心が浮き立つだろう。



なのに周囲を眺めやる火村の態度はいかにもつまらなさそうで、アリスはそれが少し気になっていた。
強引に連れて来られて退屈しているのだろうか。
でも折角タダで貰ったフリーパスを紙くずにするな。
そんな二つの思いがうずまく。



ところで入園料含む一日フリーパス4500円也がなぜタダなのか。
それは青葉と桃井が各々デートのために買っていたフリーパスを、アリスに譲ってくれたからだ。
理由は簡単。
つい先日、二人揃って彼女に振られてしまったから。
デートは当然なし、そしてフリーパスの有効期限は明日までという。



そんなわけで大慌てで組まれた今日の遊園地行は、青葉と桃井の傷心をぶっとばすイベントなのである。
乗り物に乗って酔っても乗りまくれ、再来週のクリスマスなんて関係ねぇ! 
と鬱憤を発散させるべく園内へ突撃をかました二人の影はもはや何処とも知れない。

待ち合わせもせずに行きおって、帰りはどうするんや……。

あの二人に慣れたアリスでさえ一抹の不安が残る。
さっきから会話の弾まない相方を、ちらと伺った。



まず目にとまるのは、スッと高い鼻の稜線。
いつ見ても彼の鼻梁はアリスの美意識を刺激した。
美形というには若干癖があるが、学内では評判の容姿の持ち主だ。
本人は『顔は必要なものが揃っていれば良い』と瞞着が無い。ユニークな男だ。


火村は出会いからしてユニークで、今年の5月、大学の講義中にしていた内職が切っ掛けで知り合った。
最後列の席に座り隣人の書き物を覗く男だ。
彼もまた学生である事を口実に、怠惰で放縦で迷いの多い大学生活を送っているのだろうと想像していた。
が、そんな人物像は出会って間もなく塗り替えられてしまう。



学内屈指のトップランナーであることが、ちらちらと入って来る情報で知ったのだ。
入学以来恐ろしく貪欲に学んでいるが、優等生というより偏屈。聡明だがひねくれ者。
奨学金ハンターと揶揄され、女子学生の半数は彼のファンだとも。
それは眉唾としても、やたらめったら目立っている証拠ではある。


付き合ううち、自分が今より若く幼かったら絶対に友人にはなれないタイプの男だとアリスは確信した。
目立つ男が嫌いなわけではない、----僻みではない----おそらく性格的に衝突していただろう、と分析している。
火村はどこか傲慢なのだ。態度や考え方にそれが出ている。たまにムカッとするが、その場で発散するので後に残らない。
逆に、謙虚に見えるほどに分を弁えた姿勢や、デリケートな側面を見せられると、ぐっときてしまう。
なにより一緒にいて面白い。



だから、今では学校に行くたび顔を合わせている。
ある時は10分だけ立ち話をし、またある時は夜明けまで飲み明かして、お互いの時間を摺り合わせていた。
だがこんなド平日、講義を犠牲にしての遠出というのはいままでありえなかった。
火村にとってのプライオリティは大学、いや、学ぶ事にある。
講義やレポートをこなす時間を削って付き合いに当てろというのは、本代を削って食費に充てろとアリスに言うようなものである。



「なんで平日なんだよ。どうしてそんなにチケットの期限が短いんだ」とかぶつくさ言いながら、課題をひとつ置いて待ち合わせ場所の京都駅前に来てくれたときは吃驚した。
アリスは半信半疑で待っていた。
時間を少し過ぎても来ないことに「やっぱり」と落胆と諦観を噛み締めつつ、駅前の雑踏を見渡していると、見慣れた長身が横断歩道を渡って来るのを見つけて----。

その瞬間、アリスのうちに、恐れに似た高揚感が沸き起こった。

相手の存在が身近になってゆく過程というものは、意外に意識する事なくれる過ぎ行くものである。
ここまではっきりしっかり意識してしまうと、理性が止める間もなく変なスイッチが入ってしまう。
良い意味での意外性に触れると、過剰に感じ入ってしまうものらしい。



青葉の運転する車に揺られながら、ときめきに似た気持ちを胸に来たものだから、火村がこの企画に失望しているならちょっとへこむかもしれない。
我慢できずに「課題が頭から離れてへんのちゃう?」とそういう意味の言葉を口にしたら、不思議そうにアリスを見やって「楽しんでるつもりだけど」と軽く眉を上げた。
「もともと、こういう所が好きでたまらないわけじゃないし、思い入れとかないから。はしゃいでくれとか無茶な事を言うなよ?」



火村は遊園地に来るのは二度目だという。
なんでそんなに少ないんだと聞くと、「金払ってまで来たいと思わない」だと。もっぱら博物館派だったらしい。
火村少年はアカデミックなガキだったようだ。
そんな彼の記念すべき遊園地デヴューは高校時代の遠足。ズルして休むことも出来ず否応なく連れて行かれたが、やはり過重力や上昇下降体験に博物館以上の感銘を受けなかったらしい。以来自ら進んで行こうとは思わなかったという。



もし誘わなければ、火村は下宿で課題をこなし本を読みふけっているに違いない。
北白川の彼の部屋はあたたかい慈愛に満ちた大家に似ず、冬の間はずっと店子の体を骨まで冷やすほど寒々しい。外の空気より寒い時もある。
こんなにも空気が穏やかな日は、彼の部屋も過ごしやすかろう。
日だまりにウリが丸まって眠り、火村は洗濯の合間に積んである本をのんびりと読んで、ゆったり流れる時間を満喫するのだ。
そんな構図がアリスの脳裏に浮かび頭を振る。



「どうした、乗り物酔いか?」

アーミージャケットに両手を突っ込み、しらけた視線をあたりに投げかけている火村が首を傾げる。いつの間にか難しい顔になっていたのかもしれない。
おもむろに(わざとらしくも)園内マップを取り出し、アトラクションを指差して火村に見せた。

「違う。……ムーンサルトエクストリームに乗って、スクリームレボルブへ行くべきか、先にコンバットソルジャーか迷うてんねん」
「ムーンソルトね」
「どっちでもええやん。な、火村は絶叫系いける?」

ムーンソルトうんぬんもスクリームなんたらも、ジェットコースターの名前だ。
日本でも1、2を争う規模のスーパーでスペシャルな構造をしている。
最後のコンバットかんぬんは屋内型のヴァーチャル・リアリティのアトラクションだ。例えていうならキャプテンEOのような、視覚効果を利用して落下や浮遊の体験を錯覚させる揺れるだけのハコものである。
これが結構馬鹿に出来ない。映像と連動して吹き付ける風や水やスモークが絶妙なタイミングで観客を襲い「本当に飛んでいる」ような体験を五感に焼き付け、人によっては軽く目が回るかもしれない。

「絶叫系? 怖るべきジェットコースターって言う事か」
「そう。むっちゃGがすごくて、コースが恐ろしく緩急に富んで、内臓が出てきそうなほどにぶん回される。なにせここのコースターは関西でナンバーワンや。死ぬかと思うで」
「へぇ、そりゃ知らなかった。早速乗ってみようぜ」



『六甲アンリミテッドランド』の売りは日本最大級のジェットコースターで、園内には新旧合わせて三機もあった。
平日のため待ち時間15分でいずれも乗車できるが、これが休日や大型連休だったりすると平気で40、50分待ちになる。
いずれも超人気のアトラクションだからだ。
そのうちのひとつ『ムーンソルトエクストリーム』の乗車待ちの列は、寒風吹きすさぶ中でも途切れる事はなかった。
この園の目玉商品だから当然である。





おそらく地元の子供達だろう。パスを首から下げ、「俺7回目!」「俺の方がもっといっぱい乗ったもん」と回数を競い合う。絶叫マシンもそれほどまで乗ったら、新鮮味がなくなってしまうんじゃないだろうか。子供達にしてみれば余計な心配かもしれないが。
『ムーンソルトエクストリーム』の列の最後尾に並んだ所で、ポンと肩を叩かれた。


振り返ると、青葉と桃井が立っていた。アリス達を見かけて走って来たという。
確かに、ややぽっちゃり目の桃井など少し息があがっている。
予定通りハードにアトラクションを渡り歩いているのかと思いきや、その手にはビニル袋がある。
なにやらリング状の固いもののようだが、キーホルダーにしては少し大きい。

「なんや急におらんなった思ったら、もう土産買いよったん?」

問えば青葉が手を振って一歩前に出た。癖のある顔立ちだが、表情は人なつこい。
火村より少し背の高い青葉は体の幅こそ薄いが、側に来ると圧倒される。今はマフラーやダウンジャケットで膨れているので量感まである。
アリスより背は低く、体重は10キロ多い桃井と並ぶと、おかしなお笑いコンビのようだ。

「ちゃうちゃう。ちょっとしたお遊びを思いついたんだよ」

「……なんや。えらい嫌な予感がするんやけど」

アリスは今まで合コンなどで目の当たりにして来た、『企画』と称す青葉の悪ふざけを思いだし眉根が寄る。ちなみにワースト1の企画は真っ昼間口に出す事が憚られるようなことだったりする。
青葉は俺って信用ないなぁとなぜか嬉しげに笑いながら、

「チキン野郎決定戦しようや」

と、桃井の持っているビニル袋からオモチャの手錠を取り出した。










電子音の軽やかなメロディが流れ、物騒な轟音が鋼鉄で出来たトンネルの向こうから響く。
2列になって並んでいたアリス達4人の順番が巡って来た。
火村と青葉の手にはそれぞれシルバーメッキの手錠が隠されているとも知らず、制服を着た若い女性スタッフはてきぱきと『乗車中の注意事項』を説明する。
目の前にいる男子学生達が、お互いの手首を手錠で繋いで乗るという遊びを実行しようとしているなんて知ったら、滑らかに動く舌も凍り付くだろう。

免疫のあるアリスでさえ、あんまりな思いつきに戦慄した。



やるったってどうするんだ、スタッフの目もあるぞ、チキン野郎の判定方法は、などと突っ込んで聞いたのがまずかった。
本当にやりたくなければそんなに食いついてはいけなかったのだ。
なんだかんだで話を煮詰めてしまい、勢いやるハメになってしまった。



青葉が考えた手順はこうだ。
安全バーが降りてスタッフが離れたら、こっそり手錠をかけあう。
この手錠には輪と輪を繋ぐ鎖を弱くしているので、急に引っ張ったりしたら千切れる。
ビビってバーにしがみついたら当然アウトだ。
降車する時は、お互いの体で手錠を隠して降りれば目立たないので上手くやればいい。
ゲームの敗者は、復路の運転をすること。国道沿いにある焼肉の名店に行くが、当然ビールもチューハイも飲まずにいなければならない。



このチキン野郎決定戦がそんなバカバカしいルールで行われると聞いたとき、アリスは瞬時に青葉の意図を察した。
青葉も桃井も遊園地の常連だ。さっきの小学生ではないが、絶叫系には慣れきっている。アリスも実は絶叫マシンは得意である。
そうなるとこれはもう、初心者の火村を狙い撃ちにした企画としか思えない。
火村は課題を捨てて、付き合って来ているのにひどい仕打ちではないか。
だが、青葉の捻くれた遊び心の真意はわからなくもなかった。
平素、感情の見えにくい火村をちょっとからかってみたいのだろう。



オモチャの手錠は所詮オモチャなのだ。子供の遊びだ。深い意味はない。
「俺はやらない」と火村も言わなかった。どこか楽しげでさえあった。
ならいいか、と、アリスも乗っかってしまった。片手が拘束された状態でどこまで耐えられるか試してみることで、なにかネタが拾えるかもしれない。
我ながら作家根性たくましい……いや、貧乏性の間違いだろうか。



『でわぁ、地上での月旅行をおたのしみぃくださいませぇ』



独特のイントネーションで語られる口上が終わり、乗客がシートに滑り込む。4人は2両目に乗り込んだ。
赤とブラックの塗装が施された車両は全部で8台連結で、いずれも9割の入りだ。さっきの子供は最前に乗ってはしゃいでいる。
ひとつの車両に3人掛けのシートが3列配置されており、青葉と桃井は最前列に、アリスと火村はその後ろに案内された。
腰にベルトを巻き、上に跳ね上げられていたU字型の安全バーが肩から胸を抑えたところで、

「おい。はめたか?」

と、前方から青葉の声が飛んで来た。
彼が確認したいのは、例のオモチャであることは言うまでもない。
小細工されたちゃちな手錠が、打ち合わせ通り火村の右手首とアリスの左手首に嵌ってるかどうか聞いてるのだ。

「ズルはせぇへんわ。ちゃんとハマってる」
「了解了解」

手錠を掛ける二人の手元はシートと体に挟まれ隠れているので、スタッフの目には止まらない。

「ようこないアホ臭いこと思いつくわ……」
「何重にもスリリングでいいだろ? 鎖ちぎれてたら罰ゲームだ。忘れるなよ、初体験の火村くん!」

念を押された火村は「状況によっちゃ、どっちが引きちぎったかわからないよな」とアリスに耳打ちした。
アリスもジェットコースターに慣れているとはいえ、『ムーンソルトエクストリーム』は初乗車だ。
冷静に切れた瞬間を見極める自信など、ない。
いまだって上半身を拘束するバーの重みに、脈拍が乱れ始めているのだから。

「遊びは死との戯れだな」

火村がいきなりそんなことを言う。死とか今はあんまり聞きたくはない言葉だ。
F1のスターティングに似た発車音が鳴って、心臓がどきんと跳ねる。
がたん、とロックが外れ車両がゆるゆると動き出す。



バーに挟まれて可動域の減った首を巡らすと、火村と目が合う。
何事か言っている。
金属の擦れる音の中、火村の声は消えそうに小さい。
「聞こえへん」というと、片手で簡易メガホンを作った火村が、

「……掛けに勝つ方法思いついたんだが」

と真顔で言った。







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