■4000HIT junemama様よりのリク。
ずばり、ヒムアリで二度目の情事。もちろんR指定で。(笑)
やってなくてもいいんです。誘うとこまででも。初めては勢いで持ち込めても二度目のうじうじしたところがよみたい。あとは学生でも34歳でも書きやすいところで。>以上リク内容
■院生×社会人でいきますー。26歳設定。オリキャラあり。>スイ
 




in the name of love  

 
 

1.

 
 
見なれぬ天井はどこまでも清潔だった、まどろみに任せて見入ってしまうほどに。
休暇を約束された土曜の朝、アリスは自宅より快適で整った部屋で目が覚めた。


ここはホテルの一室だと認識すると、ガツンと現実を思い出す。
なぜこんなところにいるのか、容易に思い出せる程度の経緯しかない。


国籍不明のテロリスト集団の機密事項に触れて拉致監禁の上拷問、いろいろあったが特殊部隊の手により救出された、その翌朝。
とかいうハリウッド映画みたいな流れなどでは断じてない。


大学時代から親交が続く友人と昨夜飲んで、シティホテルに部屋を取り、関係をもってしまった。
とかいうありきたりな筋書きの真ん中に自分はいた。
 
 
だが、ありきたりでないものがここにふたつある。


女名前だが性別は男、名刺交換の度に見世物パンダ扱いされる、有栖川有栖という自分の名前。
それから、関係を持ってしまった友人も自分と同じく男、ということ。
この友人、火村英生もまたありきたりの男ではないのだが、そんなこと今はどうでもいい。


男同士でやってしまった諸々のおイタが最大の懸案事項なのだ。


夢じゃないことを教えてくれるのは何より自分の体で、股関節と後孔が痛いし、素肌にシーツというありえない寝姿だし。
うっすら草の匂いに似たものが、被った布団の隙間から立ち上るのにぐらりとする。
隣から聞こえる深い寝息に恐る恐る横目でベッドを伺うと、見なれた後ろ頭が布団からのぞいているのに至っては叫びたくなった。


まあひとつ布団で絡み合って目が覚めるよりはましか。
恋人と分かち合った時間ならばもう少し余韻に浸りたいところだが、相手が同性の友人ともなると一刻も早く立ち去りたい。
居たたまれなさ満載のシチュエーションだ。


嫌ではなかった。
むしろこちらが誘ったので、いっそスッキリしたと言ってしまってもいいのだが、そうと認めるのはあまりにもひどいことのように思われる。
誰にとってひどいのか、それを考えるのは今は苦痛だ。
眠りに没入している友人を起こさぬよう注意深く体を起こして、シャワールームに逃げ込む。


そして鏡で対面した自分の顔にヒく。
なんて顔だ。ひどい、ひどすぎる。正気の頭に与えられたこの体も直視に耐えない。

「あ……あほ火村、ここまで真に迫らんでもええっちゅうねん」

ぜんぶぜんぶ、暖かい流れとともに消えてしまえばいい。
脚や腹で滑るものとか、流れた二人分の汗とか、できれば色濃い情交の跡とかも。
 
 
酒が入っていて、かなり鬱憤がたまっていて、同意があったとはいえ友人相手に解消してしまったという動かしがたい記憶。
どうかしていた、で片付けるには余りにもがっつりやってしまっている。
それはもう具体的に。


悩んで悩んで『巻き込んで悪かった』と一言メモ用紙に書き付け、万札をくるんで火村のジャケットにねじ込む。
昨夜部屋代を折半しそびれていたのだ。
金の話をする間もなくキスをして、気付いたらネクタイが目元を覆っていた。


うっわわわ〜痛々しい!


火村は、顔が見えない方がマシだろうとかなんとか言っていた気がする。
最中は良かった……これは否定できない……けど、冷静になって思うに、アリスが見られるばかりの処置だ。
あまり深く考えないようにして、床の上でのたくったそれを拾い上げた。


先に帰りたい。


人として必要最低限の恥じらいを捨ててまで、朝の挨拶はできないのだ。最後の情けでいいから、どうか起きてくれるなよ。


できる限りの手早さで身なりを整え、ドアノブに手をかける。
紐の革靴を靴べらも使わずに突っかけたものだから、よろけてブリーフケースを壁にぶつけてしまった。鈍いが無遠慮な音にひやっとする。
頼りない足腰を叱咤しつつ、そおっとベッドを伺った。
なぜかトリプルルームしかなくて、バカみたいに広い部屋の窓際に置かれたそこで、変わらず寝息を立てていることに安堵した。


悪い、火村。


後日謝罪も感謝もできんと思うから、どうか昨晩の約束どおり忘れてくれ。


なかば祈るようにドアを開けた。


人として必要最低限の恥じらい、なんて口上を持ち出す方がよっぽど厚顔だということに気付いたのは、ひと駅分ほど一心不乱に歩いて辿り着いた、京阪線の改札を抜けた後だった。
ほとほと自分の混乱ぶりを持て余す。


昨夜、壊れることを望んだのは自分だが、別の方面まで崩落は進んでいるらしい。
寝不足の逆上せた頭では、それらをつぶさに整理することなど叶わず、とりあえず座席に身を沈め瞼を下ろした。



 
 
 
 
 
 
アリス自身の自覚すらなく、密かに深いところで蓄積されていた鬱憤が爆発してしまった切っ掛けは、仕事の上での躓きだ。
妥協を重ねて就職を決めた印刷会社に勤務すること3年、アリスは今週初めて仕事で大きな失敗をした。


色校時アタリで誌面に入れていたデジタルスティルカメラで撮影した画像を、ポジ画像に差し替えるのを忘れて印刷にかけてしまったのだ。


ジュエリーの展示即売会で配る8ページのミニカタログで、手落ちがあったのはポジ20点中のうちの1つ。
メイン写真ではなかったが、小さくはないものだっただけに痛いミスだった。


これが梅干しとか靴下とかの通販のツッコミ(この場合は両面刷りのビラを指す)だったら、まだ比較的損害が少ない。デジタルとはいえ、像はきちんと映ってるし色合いも厳しい注文はない。
もし、差し替え忘れたルビーと同じくらいの大きさで梅干しが扱われたとしても、多分受け取った購買者は印刷会社のミスと気付かないだろう。
担当がクライアントに平謝りをして、その後もまめまめしく営業を重ねれば、余程依怙地な人物でない限りすぐに次の受注がある。


だがジュエリーはいけない。
Desktop Publishing(DTP)の作業工程をよりスムーズにするため、プロフェッショナル仕様のデジタルスティルカメラによる商品の撮影が増えてきたが、ジュエリーのクラス感を重視するクライアントほど断然銀塩写真を貫き通す。


カメラの専門的なことはよく知らないが、デジタルの場合は画像の内部処理がネックらしい。
撮ったものを保存する際、JPEGやTIFFなどの読み込み可能なデータに処理されるのだが、これはつまり色や輪郭の一つ一つをドットに落とし込む処理である。


厳密に情報を決定するということは、曖昧さを切り捨ててゆく行為である。
見た印象としてはエッジが立った『明瞭な写真』なのだが、ジュエリー特有のゆらぐような輝きや質感を損なうのでよろしくないのだ。


そうクライアントは力説した、カメラマンもだ。
後者は自分の食い扶持がかかっているため、客観的な事実やクライアントの利益を踏まえた意見とはいいがたいが、クライアントは大手の編集プロダクションにわざわざ検証画像を作らせ、社内で議論した上でのことという。


もちろん銀塩カメラで撮影したポジを忌避する理由はない。クライアントの望むままに、我が社は見積書を持っていくだけだ。
仰せのままに印刷物をあげるのが仕事だし、最近はなんとなくやりがいすら感じるようになっていた。


クライアントの中に、際立った美女がいたせいもある。文字校の時から、自ら志願して大きな封筒を抱え相手先に通った。


熱く熱くクライアントが写真、ひいては商品へのこだわりを見せたのに、それを落としてしまった。
デザイン事務所も、クライアントも、社内の校正も落ち度はない。
逃げようのない、アリスだけのポカだった。


ジュエリーはあのアタリ画像だとまずいのだ、たとえそれがどんなに精緻で、ポジと遜色なくとも。

輪転機を止めたとかいう程の騒ぎではないが、当然クライアントからは嘆かれ怒られ、刷り直ししろなどと言われなかったが、上の方でなんらかの手打ちがあるに違いない。


直属の上司である野村にはクソミソに言われた。
この上役は常からして口を開けばイヤミ、指導ではなく説教、帰り際引き止めて有給届の判子を請うたら舌打ち、という好人物からはほど遠いキャラクタだ。


それでもアリスと比べ積んだ経験年数が一桁違うことや、対外的に受けのいいことから、営業部での評価は悪くない。少々人徳に欠けても、心の疲れから職を辞する企業戦士よりも使いやすいらしい。
彼がいかに歪んだ個性を持っているか部内では周知の事実だったので、元気づけてくれる先輩や同期もいたが、あの屈辱は誰かの慰めなどでは雪げないものだった。


『おまえ、センスねぇんだから、注意力とか観察力ぐらいなんとかしろよ』


野村は、クライアント側の担当者がまだ完全には立ち去っていない部屋で、頭を垂れたままのアリスに追い打ちをかけた。


ドアが閉まるまで待って欲しかった。

この顔は良いが、口が悪く性格も歪んだ上司の悪態などもう慣れっこだ。反省点を見極めつつ幾らでも右から左へ流せるから、彼女が出ていくまで待ってほしかった。


注意力、観察力。
まがりなりにも10年近く、推理小説を書き上げる腕とともに、全力で養ってきたつもりだ。
実社会で応用して、それが机上だけの能力ではないことを、自分なりに実感している。
1年ついただけの部下の、何を分かって評価をしているのだろうか。この上司の言うことにはいつも独善的な判断が付きまとうから、あくまで右から左に流すべきなのだが、このときばかりは顔に血が集まるのを感じた。


会社の封筒を抱えて乗り込んだ夜の環状線、車窓に映る疲れた自分の顔が、少し笑っていたことを思い出したりしたから。


頭を垂れても前髪が塞ぐ視界はわずかで、ほっそりした足を包むパンプスが音もなく目の前を過るのが見えた。

多分ここの担当には、もうなれない。

彼女の目に映る最後の姿がこれかぁ、と、思うと情けなくて悔しくて、ここの新人らしき社員がごく儀礼的に見送ってくれるまで、奥歯を噛んだままだった。



それでも仕事は容赦なく入っている。
営業用のバンを走らせてクライアントを二つ回って打ち合わせを行い、営業部に戻ったら夜の10時だった。
アリスのいる4課の人間は、誰も残っていない。
週末のせいか、はたまた阪神対ヤクルトの観戦に走ったのか。
アリスはしばらく中継すら目にしていない。先月開幕したというのに、結果をスポーツ紙で確認するばかりだ。


数件のファックスと電話を片付けたら、もう11時になる。
ため息が出た。


野村は直帰するというので、クライアントの社屋前で別れていた。
最後にまた何かいわれた気がするが、もう忘れた。
繰り言だった気がするし、パンプスの残像ばかりが心を占めてしまったせいかもしれない。


美しい担当者と、接待と称して飲みに誘ったり、昼食をともにしたかったわけではないのだと、失敗したカタログを眺めながら改めて思う。


あの手入れの行き届いた指先が、赤の入った校正紙をなぞる、なんの甘えもない仕草。
電話での打ち合わせで、時々指示に挟まる思案のつぶやき。
彼女のよく磨かれたパンプスと同じく、折り目正しく遂行されていた仕事をちゃんと受け取って、完成させたかった。


もちろん類稀なる容姿がそうした情熱を駆り立てたというのは、自分も男だし、そういうのもあるけれど、自分のものにしたいというより、女神様に仕える眷属という譬えが近い気がする。

入校から納品まであなたの密かなる傭兵であり、営業という名の仕事人は、任務にケチをつけました。

その悔いが時間をかけてアリスの胸に穴を穿っている。すこしづつ、広がってゆく。

落ちこむことない、そんなに落ちこむことじゃない。
そう思うけれど、絶え間なく落ちてゆくそれは同じ場所を抉って、もっと深い場所まで届いてしまいそうだ。


トクトクと、鼓動が早くなってスチールデスクに額をくっつけた。頭が重い。
嫌な味が口に広がる。
フロアの明かりは半分以下になっていて、程よく暗い。このままだとうっかり昏倒しそうだ。


「こーんなところで死んでたまるかッ」


カラ元気も元気とばかりにガッと受話器を取って、最近引いたという友人宅の家電を鳴らした。
 
 
 

 
 
 

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