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trick of fortuneのスピンオフです。できればこちらを先に御覧いただければとおもいます。汗
kiss of life
〜 spin off/a trick of fortune
ふたりは夏の盛りに恋に落ちた。
私は大学にあがってからもミステリ小説に夢中で、親友は貪るように知識を吸収していた。
色気のない暮らしぶりだったが、大学3年の夏前に女の子に告白されたりした。けれど気が向かなくてごめんなさいした。自分に嘘がつけないのは幼少の頃からだ。
その後、親友だと思っていた相手から告白された。私は戸惑いながらも、手放した風船が上昇するように気持ちが上り詰めた。あいつが離れるのなんてイヤだったし、もとより『自分に嘘がつけない』。
ソ連は崩壊し、時代を覆っていた影は別のなにかに形を変えようとしていた。
世界の終わりを示す象徴は最終兵器ではなくなった。少なくとも日本では。
時代の精神は虚無をキーワードに哲学してたけれど、ふたりは運命の悪戯で恋をし、世界のアレコレをヨソに6畳間で欲情していた。
歳は21……flower of lifeのころ。
韻を踏むわけじゃないが、彼の口づけは僕にとって『よみがえりのキス』だ。
17歳の夏、自分の根底を傷つけられたとき眠りについた「僕」を目覚めさせたのだから。
”あなたのキスで わたしは甦った”
そう歌うシャーデーの『kiss of life』が胸に沁みる。
蝉時雨が聞こえてくる夕暮れ時のことだ。私は火村の部屋で飽きることなくキスをかわした。空は明るく、星はまだ見えなかったけど、きゅーっと胸を締め付けられるたびに、何か輝くものが生まれていた。
秋を過ぎ、冬にはそれが、雪のようにほろほろと瞼の裏を舞った。
大阪から出た事がない私は、札幌の雪を知らない。
その土地の言葉も、君が送った日常も知らない。
君のこと知りたくても聞けない。言葉にしても虚しいかもしれない。
だけど
『火村が住んだ町をぜんぶ線で繋いだら、どんな模様になるんだろう』
そんなことを考えたことがある。
白地図の上に描く模様はきっと星座みたいになる。
あの頃の自分は、そこに何を見いだしたかったのだろう。
*
そうして、今に至る。
この10年間のうちに、別れる別れないだの、嫌いだそうか俺もだとか、人並みに喧嘩をしてきた。それ以上に彼の事を沢山知った。触れられない傷があることも。
火村英生は変わらず、私にとって最大の謎であり、魅了して止まない男であった。
結婚話の十字砲火もくぐり抜けてここまでやってきた私たちは、初々しさからは遠く離れたところに来ていたが、新鮮さに欠けるということはなかった。
ベッドで交わす話題のなせるマジックだろう。
健康問題から事件のことまでオールアラウンドだ。
ここまで楽しめる相手は他に望めまい。
火村は憮然とし「おれがなけなしの時間を使って、体力を維持しておまえを楽しませてるからだろ」とでものたまいそうだが。まぁ、勝手に言わせておく。愛は感じるよ、うん。
今夜は火村がうちに遊びにきて、メシを食わせてくれた。今日みたいな暑い日にスパイシィなジャンバラヤはよくあう。美味かった。
シャワーを使い、ビールを飲みながらじゃれあってるうちにベッドにもつれ込んだ。
セックスをし、猫の毛づくろいにも似た長い後戯の間に、話をたっぷりする。
その際、ベガとアルタイルが会えなかった夜だからというわけじゃないが、冒頭のような学生時代の妄想を思いだした。
『火村が住んだ町をぜんぶ線で繋いだら、どんな模様になるんだろう』
いまならこう考える。
『フィールドワークや旅行で歩いた町をぜんぶ線で繋いだら……』
って。
初めは全県制覇かもなと明るく笑っていたが、「その前に刺されるかもしれないけど」と火村が冗談でもない口調で、つい、という感じで漏らした。
珍しいことにそうした『縁起でもない発言』を気まずく思っているようなので、私はこう言った。
「じゃ、おれがもし先に死んだら、行った土地の話をしてくれ」
なまけないで、どんな景色を見たか心に書き留めておいてくれ。思うだけでええんや。お前が独り言やなんてマジ怖いしな。
思いつくままにそう言ったら、ベッドの端に腰掛けていた火村はしばらく黙ってしまった。
煙草を吸っているのも忘れてしまったのか、すい止しを灰皿に置いたままだ。
「おい煙草。ああ、おれの詩人としての才能にうちひしがれてもうたんか?」
「お前いくつの男だ? 言わなくていい知ってるから……考えてる事が女子高生みたいで呆れてただけだ」
「女子高生ならもっと君の事縛ると思うで。絶対結婚せんといてとか、月命日には花を飾ってとか、守護霊になるとか」
「偏見に満ちた見解だな」
「結構リアルやと思うけど」
「女子高生はともかく、推理作家の願う事がそれだとはね。死んだら何も見えないし聞こえないんだよ」
火村は憎まれ口を叩き、一口も吸わずに揉み消しスプリングを軋ませ、私の側へ戻ってきた。寝そべって、鼻先が触れるほど近くにいる彼は、乱れたままの前髪ごしに私を軽く睨む。
「それを言うんか? 言っちゃってええんかな?」
子供っぽく突っぱねている火村に焦れ敢えて茶化すと、低く唸った彼はまだ熱の残る体で、私を乱暴に抱き寄せる。
その力強さに「この先も一緒に」という密かなメッセージが届いている気がした。
無邪気に将来を誓い合えるほど、私たちは若くない。重ねた知識や経験が、言葉で交わす約束の虚しさや痛みを教えるから「この先」という甘やかな響きにも、ほろ苦さが常にまとわりつく。
それでも人は伝えずにいられないから、言葉はいろんなオブラートを纏いだす。
伝わってると思えるなら、それも悪くないものだ。
「おれらの動いた跡を繋いだら、どろっどろの血の色かもしれないぜ」
「カタツムリが歩いた跡みたいに、キラキラしてるかもしれへん」
カタツムリの動きになぞらえ想像すると滑稽で、彼の首筋に鼻先を埋めて笑った。
「ったく、あんまり言葉を弄するな。いつか後悔させてやるぞ、ああ?」
「自意識過剰ちゃうんか。好きなだけ本気になったらええ」
私は冷たく言葉を吐き、優しく背中を抱きしめる。君が吐いた『後悔』の言葉の甘さに戦慄しながら。
「つか、おればっかり本気?」
自滅覚悟の挑発を投下することも忘れずに。
その体の反応は早かった。鼻先を擦り付けるように首筋から胸までを舐めまわされ、また貪るようなセックスの口火を切る。
「ひゃっ…!」
ふっくりと腫れた胸の尖りに軽く歯をあてられ身をよじる。
「おれを弄んだお仕置き」
「あん、な、なんや。罪、なん?」
「そうだ。消せないレベルのな」
尻たぶをいやらしい手つきで揉み上げられ、止めようもなく仰け反る背中を抱き寄せられ、血の通い出した下腹のうずきを彼の太腿に押しあてる。
たわむそこは触れられもせず。
横ざまに向き合う火村の腰に片脚を巻き付け、「ひむら」と誘う。
「明日怒るなよ」
火村は体を起し、シーツに横たわったままの私の、巻き付けた脚を折り畳むように持ち上げられたかと思うと、股が噛み合う形で性急な動きで後ろを貫いた。。
抜き差しされるたび馴染み切らない潤いが、窄まりにごぷりと飲まれ水音がたつ。
逃げを打つ体を押さえ込まれ、ずくずくと液体を馴染ませるように奥まで進んできた。
あるところを動かされると、じゅん、と唾液が弾けて口内に広がる。
いいところを差し出すように背中が反るのを止められなくなる。揺する動きに顎が上がってきた。吐く息が甘い。
「あゥ…はっ、ア……アァ」
「もっと…?」
「んっ………ア………もっと、ぁあ……」
自分からも腰をゆらめかす。いきそうになるたび、自分と同じように放たれる火村の精を想像する。
本能に反する私たちも、今はこれ以上なくそれが欲しい。
後孔がそれでまみれる想像はひどく体を煽る。
ぽたぽたと肩に降ってきた彼の汗で、この男がそうとう見境無くなってることに気付く。火村、君の集中力は最高だ。
自分がどうだなんてどうでもよくなって、彼の律動にできるだけいやらしくおもねった。
「そんなに、締めんな……いっちまうだろ……っ」
「ッん……ぁっあァっ、やっ! っ……そんっな、してへん」
「さっきから、吸いついて……ッ……アリス、いいんだろ?」
「うっさい、だ…まって……あっ、ゥン!」
気付けばひっくり返され、持ち上げられた脚は天井向かって大きく開かれていた。股の間に座って突き上げてくる火村の熱。硬くて、強くて、突かれるたび頬が緩む。舌がとろけそうだ。
絹を洗うような濡れた音を立てて、徐々に抜き差しも速くなってきた。
容赦ない強さで決定的な快感が食い込んできて、堪える術もなく後ろだけでいってしまった。
麻痺した後孔で火村がずるっとモノを動かすと、濃密な雫が太腿の内側を伝う。
余韻に震え喘ぎながら、まだ硬度を保っているものを緩く強く締める。
火村の息が微かに熱く跳ねてきた。下腹でぬめるものの匂いと、汗。息苦しいほどのそれに心ごと高ぶる。
もし君が離れていったら、と考えたりして切なさに泣きそうだ。
ひとりで生きてるなんて生きている気がしないと最近思うようになってきた。けど。
「おれは、お前が先に死んでも図太く生きて、推理作家を続けてやる」
「ああ……そうしろ」
「後悔なんか……っ、あ、死んでもせん」
君が好きだ。
若くないというのはいい……別れが怖いという可愛らしい理由で逃げたりはしないよ。
*
たっぷり浴びた汗をシャワーで流したあとは、素肌でベッドにもぐり込み、乾いた体を擦り寄せあう。
いい歳の男が縺れあって、つつきあって、美しくないなぁと毎度思うが毎度やるのだ。
私の耳殻を唇で触れながら火村が囁く。声が笑っている。
「アリス、忘れるなよ」
「ん?」
「さっきの。おれはマンションの上空あたりで待ってるからな」
「こら……抜け駆け禁止や」
君が先いくつもりか。
こっちは冗談のつもりなのに火村の声は真顔のときのそれで、涙が滲んだから、目を閉じて触れるだけのキスをした。
こうして重なり合う現在、いつか別れる未来。
白地図の上巡る私たちの足跡は、誰も知らない模様を描く。
神になぞらえて形を与えられた夜空の星々のように、決して輝くことはない。
誰も見ることができない……それでいいのだ。
いつまで一緒に居られるかわからないけれど、不確かな行く末を繋いでゆく私たちの星座は、瞼の裏で輝いていた。
ずっと、ずっと、それは繰り返し、ふたりを甦らせるのだ。
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