□注意書き〜必ずお読みください!□
■作家アリスが女体化×女性化しています。死ねたではありません。
■なぜ↑か。ネタバレ承知で申し上げますが記憶喪失だからです。
■似非ファンタジー×現代もの、バチコイですか?
■天使を出しています。そのネタ許容不可能〜という場合は即刻お戻りください。
■出会いのシーンやカレーの話とかリメイク部分ありますが原作をなかった事にはしてません。
■今更ですが准教授×作家です。
■そしてハピエンです。最後までかなり疑われるかと思いますがラストはハピエンです。



明日のない恋







pro






テレビのスウィッチが入るように、暗かった私の視覚はいきなり異景を映し出した。


ミルク色の霧が草原に広がり、七色の光が空を染めあげている。
綺麗だ。だが、こんなところにいつのまにか放り出された私は戸惑うばかり。


さっきまで乗っていた東京行きの新幹線はどこだ?
今日は午後から懇意の出版社で、担当者との打ち合わせがあるというのに。
ポケットをいくら探れどもケータイがないことに気付き、焦りがこめかみの汗となって滲んだ。
いずれの業界にも言える事だが、いかなる理由があれども電話のひとつも無しに約束を違えるのは、積み上げた信頼という名のトランプタワーをぐらりと揺さぶるようなもの。
あたりまえのように続いている片桐氏との良好な関係は、実は礼節という指先でたえまなくカードを整えているから成立しているのだ。
現在地不明です、なんて通用するか? 通報されるかもな。
何か手段を求めてぐるりと首を巡らせると、背後に白いキトンのようなものを纏った男が立っていた。

「あれ、おまえ……」

元同窓の天農仁だ。
依頼心から一歩近づこうとすると、制するかのように右の手のひらを突き出される。


『「迷える子羊よ、いけにえをたえず神に捧げようではないか。善を行うことと施しをすることを忘れてはならない」』
「あ、まの?」

彼は平坦な口調で、大仰な能書きを垂れてきた。
きっと私は、ぽかんとした間抜け顔だったろう。

『「神はこのようないけにえを喜ばれる。ヘブル人への手紙、第13章抜粋」』
「なに言うてんの」
『有栖川有栖、あなたは使命をやり遂げないままココに来ちまった』

天農は、退学を決めたときでさえ見せなかったような神妙な顔で私を見つめている。
覚えのない言葉の響き。私の知っている彼とは別人みたいではないか。

「まて。一体どないしたんや。なんのドッキリや。映画の撮影か?」
『詳細はこの後すぐ』
「テレビか。ここどこなん?」
『天国の一歩手前』

わおクレイジー。


まさか、おかしな集団に洗脳されて私を攫ったのだろうか。久しぶりにあった友人が勧誘員になってたりするって話はあるけど、そんなまさか。

「なにが目的や、天農。俺は仕事があるんや。妙な事には付き合えん」
『アマノじゃない。我が名はガブリエル。さっきも言ったけど、あんたは命半ばでここにきちゃったんだよ。
だから、ここから地上に戻ってもらう。そして火村英生から主に捧ぐべき「いけにえ」、つまり、純粋な愛を得るんだ。分かるか?』

火村の愛をとってこいだと。
あんまりな言葉に、押さえる間もなく私の耳元は熱を発した。

「アホか! 臍で茶が沸いたらどないしてくれる」
『信じてないねぇ。地上の民はこれだから。ま、案ずるな。あんたにはもう如何なるしがらみもない。つまり、あんたの人生はリセットされるから関係ないってことだ』

滑らかに繰り出される言葉から、彼の中の異質な存在を感じ鳥肌が全身に走った。肌は震えるのに中は熱く、粘つく喉に言いたい事が絡まってうまく音にならない。

「本当の事か……? それは」
『そうだよ。その使命だけを覚えてな。ほかは全て、神に委ねて』

彼の黒い虹彩が青い光を発し、まともに見た私は手も足も出なくなった。
あ、あ、と狼狽えていると、目にも留まらぬ早さで突き出された手が眼前に迫ってくる。
次の瞬間、糸が切れた操り人形のようにぐにゃりと膝から崩れ落ちた。
彼は冷めた目で、仰臥した私を覗き込む。


「殺すな……」
『無益な。あんたの肉体は、もうこんなんだよ?』


ほら、と目の前に14インチテレビほどの空間が開かれる。

私が今朝乗り込んだ車両が、炎上するさまが映った。
上空には報道ヘリ、事故現場を囲んで泣き叫ぶ人……車両の中でめちゃくちゃに倒れ重なり合った乗客。
そこに、血を流し瞼を閉じた男の顔があった。私だ。


冗談だろ?


それを最後に再び意識は闇の中。
底へ沈んでドロドロに溶けて、抵抗もできずブラックアウト。










1





なんてこった。
たまたま泊まったホテルで、事件に巻き込まれるなんて。


午前10時半過ぎ、私はホテルのベッドに腰掛け小さく息をついた。
細身のサテンパンツに、細かい柄が入ったグレイのチュニックシャツ。ウエストに菫色のリボンを緩く巻いた。12月の東京は、これにコートを羽織るだけで十分過ごせる。
身なりを整え、きちんとお化粧をしていながら、遊びにも行かずこんなところにいるのはそう、リアル火サスな理由から。


今朝この部屋の真下で変死体が見つかったらしい。
話を聞きたいと刑事が部屋に来た時、自分が置かれた非日常の状況に不謹慎だが興奮した。
故人の身内を思うと申し訳ないが、推理小説を書くことを生業とする女なもので、これは道徳の問題というより反射行動と言い訳させていただきたい。
永瀬と名乗った40絡みの刑事は遺漏のないやり方で聞き取りをしていった。だが、最近の捜査は複雑なのか、さらに話を聞きたいという人間がいるという。
変だ。
そんなの捜査会議でまとめてやれ。
だが好奇心に負けた私は、「今日の予定はキャンセルさせて」と、東京の友人に電話をかけていた。
こんなトラブル、一生に一度あるかないかやん?




しかし遅い。
あまりに待たされていると、どうでもいい事で頭がざわつく。
狭いシングルルームの内装や、小さな窓から見える風景も眺め飽きた私は、半ば無意識でドレッサー脇に置いた黒いブリーフケースを見つめていた。
じっと見ていると不意に視界が狭くなったような錯覚がおこりはじめる。
見えない何かに体と心がぐんぐん引き離されるように、この世界から現実感が失われてゆく。


アレハ ナニ
ナゼ ワタシハ ココニイルノダロウ 


あっ、と我に返り頭を振った。
こんな風に時々、自分が何者で何処にいるのかわからなくなる。
詩的なたとえをしているわけではなく、記憶を無くした人間のように、私は自分自身の存在が認識できなくなる瞬間があるのだ。
こういう時は、手を握ったり開いたりしながら事実確認をしていくといい。


私は有栖川有栖、31歳独身、女。
生まれてこの方大阪を離れたことがない。就職も地元。専業作家になってからも、だ。
東京は浜松町にあるWホテルで、今からまた質問ぜめにあう。


そうして置かれている現実をたぐり寄せていると、いいタイミングでドアがノックされた。
オートロックのドアを押し開けると既に永瀬が戸口に立っていた。
少し埃っぽい匂いが鼻先をかすめる。外を駆けずり回って働く人間の匂いだ。

「お待たせしました、有栖川さん。もう一度お話を聞かせていただいてもよろしいでしょうか?」
「ええ」

大きくドアを開き応じる意思を見せると、永瀬刑事が後ろを振り返って何者かに頷いた。
興味をひかれて彼の視線の先を探り、ハッとする。
穏やかな光が仄めく廊下に、影そのもののような男が立っていたからだ。
コートから靴まで墨をかぶったように同じトーン。顔の造作が整っているだけに、鋭さばかりが目立って私を少し怯ませる。
それなのになぜか初めて出会ったこの男のことを、知っている、と思った。

「お時間はとらせません。ヒムラと申します」

この声にも覚えがある。
わけのわからない既視感に囚われ、自問するうちに背中が軽く湿ってきた。
動揺を押し隠し二人を中へ招き入れると、キツい煙草の残り香が一緒に運ばれて来た。ヒムラと呼ばれた男のものだろう。
それが引き金になり、一度戻ったはずの認識に狂いが生じ始めた。

大学で犯罪社会学を研究なさっており、捜査にご協力いただいています、と説明する永瀬の声が遠くに感じる。視界が頼りなく揺れる。

他人と会話しながらこんなことになるのは初めてだ。
目眩に似た錯乱をベッドサイドに至るまでの3歩で踏みつぶしながら、これがいつもの症状かどうか分からなくなっていた。
常ならぬ状態に首を傾げつつ、ベッドの端に腰をおろした。















ホテルでの一件から数日が過ぎようとしていた。
自宅でワープロとひたすら向き合う暮らしが始まり、火村とかいう変わった研究者のことも頭から排除されつつあった。
そんな時、彼の方から電話があった。


会ってもらえないか、と。



約束したその日は、女友達と映画に行くことになっていた。
彼との待ち合わせが19時頃なので、それに合わせて行動させてもらった。
なぜそんな無理を頼んだのかわからない。だが、そうしなければならない気がしたのだ。
上映が終わるとともに、私はそそくさと別れの挨拶をしシネコンを出た。


思いだしても心拍数が上がってしまう、あのバリトン。

『お時間よろしかったら、外でお会いしたいのですが』

その一言だけでも心臓が全力で走り出したというのに、何用か聞いたら倒れそうになった。
彼は私のアイデアノートを拾ったというではないか。
私が学生時代に書きためた、他愛無いトリックやネタが詰まったノートだ。


おそらく中を見られているだろう。
あんな走り書きを、現在の実力と思ってもらっては困る。あの時は、インタヴュー記事のネタ用に持って行っただけなのだ。あのノートを火村氏が拾うことができるタイミングが、たった1度だけあった。


聞き込みの後、帰り際火村氏は私のブリーフケースを派手に蹴っ飛ばしたのだ。
蓋が全開だったせいで、50枚もの刷り見本、雑誌などなどが絨毯の上にぶちまかれた。
A5サイズの小ぶりなノートだ。勢いよく滑り出て、すっ飛んでったのだろう。
だとしても、私はちょっと困惑していた。
蹴っ飛ばしたのは故意ではなかろうが、その後の行動がよくわからない。


なぜ持って帰ったんですか。
なぜ持って来てくれるんですか。




「何考えてるんやろ」
それでもコートの裾を割って前へ繰り出す足が、だんだん力強くなる。
ターミナルエリアに押し寄せる人々のうねりと、クリスマスを謳うネオンの輝きにあてられたせいかもしれない。


人波をすり抜けて、指定された喫茶店に滑り込んだ。
コロニアル調の内装でまとめられたシックな店内は、流石週末だけあって満席だったが、彼の姿はすぐに見つかった。
白いジャケットに黒いシャツ、だらしなく緩めた芥子色のネクタイという、はっきり言って今時誰もしないようなスタイリングだったからだ。
とはいえ自分もジーンズにカジュアルなボーダー柄のセーターだから、無愛想ったらないが。
ホットを注文し、あらためて挨拶を交わす。

「お待たせしました」
「おかまいなく。これを読んでいたので、あっという間でした」

彼は煙草をもみ消しながら、軽く専門書を掲げて言った。初めて准教授という肩書きに似合う持ち物を見た気がする。
それをいかにも使い古された革の鞄にしまい、かわりに黄色い表紙のノートを私の前に差し出しこういった。

「断りもなく中を拝見したこと、まずはお詫びいたします」

潔い。
だが、しおらしい事を言っていながら慇懃無礼だ。頭を下げるどころか笑いさえしている。
軽く目で責めるが効果なんてない。蛙が蛇を睨むようなものだった。

「やっぱり見ましたね。プライバシーの侵害ですよ、先生」
「ええ。でも訴えられる前に、ひとつお願いしたい事があります。その話の続きを書いてもらえませんかね」
「……は?」

私は耳を疑った。
たっぷり10秒は黙った。

「ですから、書きかけの話を最後まで読みたいんです」

あんた失礼ちゃうか、という言葉が喉元まででかかった。まだ湯気が立つコーヒーで唇を湿らせる。

「後半の小説パートは、ページが尽きたせいかまだ完結していませんね。この後の話はどうなるんですか?」

更なる絶句をどう取ったのか、駄目押しをされた。彼は「これだこれ」とばかりに黄色の表紙を指先で軽く叩く。
子供かきみは。
火村氏はそのまま頬杖をついたので、理知的な額にはらりと前髪が降りた。
若白髪が目立つ頭髪も含め、間近で見る彼は見応えのある姿形をしている。


だから私は警戒する。
素人が、私のことからかっているのだと思って真意を探る。
そうして合わせた目には、計算も、いやしさもなかった。
ただ子供みたいに私の答えを乞うており、私は面会の主旨をようやく理解した。


これを言うために彼は来たのだ。


火村は考え深そうな外見を裏切る、とんでもない性格の男らしい。
分別ある大人の発想ではないし、行動に移すとしても相手の立場を考えてオファーすべきである。
なのにあらゆる文句をなぎ倒し、みっともなく嬉しがってしまいそうになる顔を、必死で抑えた。
仮にもプロなのだ、今の私は。学生時代のヨタを褒められてデレデレするなど安すぎる。
顎を引いて胸を張って腕組んで、しゃんとしろ有栖川。

「あっと驚く真相が待ち構えてるんや。気になる?」
「……アブソルートリィ」

火村氏は、私の態度に目を軽く眇め、人相悪く笑った。
ああもう、これだから美形はかなわん。
とうとう我慢できずに、吹き出した私はこう言ってやった。

「アホやな、あんた」








ノートを見せてもらった礼だと、火村氏は私を夕食に誘ってくれた。
梅田には掃いて捨てるほど子洒落たお店があるのに、案内されたのはなぜか時代がかった洋食屋で。
名物だとか言うカレーを向かい合って食べた。
カレーはとても美味しかったが、家庭的なムードの中個人的な話などできるわけもなく、好きな本の話や、お互いの母校の話などをして終わった。


なんの偶然か、我々は英都大学の同期生だった。私は法学部、彼は社会学部。
ひょっとしたら、何処かですれ違ったことがあるのかもしれない。
初めて顔を会わせたときの既視感も、なるほどと腑に落ちた。




大阪駅のコンコースまでなんとなく肩を並べて歩く。もうすっかりタメグチ軽口の連発だ。

「書けたら家でも研究室でもいいから連絡をしてほしい」
「待て。『していただけますか?』と言うとこちゃう? 女王様なんは素か?」
「いちいちマウント取りたがるね、あんたも」
「ちょ、そんなサルみたいな例えやめて。それに名前。覚えてるやろ」

この男、とんでもなく図々しいばかりか、とんでもなく口が悪かった。

「了解、有栖川さん。そうそう、もうひとつお願いがある。その香水はやめたほうがいい。食事には合わない」
「こ、個人の自由やん。ていうか『お願い』の用法間違ってへん?」
「あと最後にもひとつ。……ルゥが口についてるぜ?」
「うっそ! そう言う事は早よゆうて!」

人目も気にせず叫んだ事も含め恥ずかしくなった私は、慌ててハンカチで口を拭った。口紅はもうハゲハゲだったから、ぐいっといっちゃっても構わない。
そうして1人焦っているうちに、気付けば彼は背を向け何処かに歩いてしまっていた。

「愛想悪いな、あの男」

社会人としてどうなんだ。
会った時からこれっぽちもプロの作家として扱われなかったのに、何故か気分は悪くない。
書けたら電話をするという、風が吹いたら飛びそうな約束を信じている男が可愛かったからだ。


ケータイに登録した、彼の自宅のTELナンバー。
彼だけのために新しいグループを作ってしまいそうだ。
そして今夜から酒さえ断って書き始めてしまうんだろう。


深く考えるのはやめにして、スリープ状態にしていた物語のエンターキィを押した。

















この様子を観察している一対の瞳があった。

『ようやくクロスオーバーしたか。やれやれ、どうなるか心配したなぁ』

ビルの上空で大きく羽を広げ止揚している姿を、誰も見とがめる事は無い。
彼は誰の目にも映らない存在だからだ。

『新しい「記憶の扉」はちゃんと馴染んでるようだし。後は何事も無く、純粋な愛へと導かれてくれ』

彼は慈愛を込めた眼差しで男の背に向かって、聖なる文言をとなえた。

『あなたがたの会った試練で、世の常でないものはない。神は真実である。コリント人への第一の手紙、第10章より抜粋。アァメン』

そうして爪先よりすぅっと消えて、最後に切られた十字だけが夜空に残った。















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これは許されるのか?どうなんでしょうかっ?もう走り始めたら分け分からなくなります!ひ〜〜恐い!皆様のドン引きしてゆくのを想像してハラハラ。(怯)ええと…忌憚のないツッコミを。

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