東京の職人さん    

                                                      

指物   切子   提灯    

                                                       

 国際都市東京は超高層ビルの建設ラッシュである。狭い地域での変貌が激しく、歴史を語る建物は皆無に近い。 都民の生活も近代化と称する波に巻き込まれ、IT機器に囲まれて秒を競うようにせわしく追い立てられている。 世代が代われば会話が通じなくなり、 親と子の断絶が生じている。 そこでは歴史の継続が拒否され、親から子への心の伝承が存在しなくなっている。
  東京のような近代都市の中では伝統的技術者としての職人は過去の時空に埋没し、彼らが保持している優れた無形の文化遺産は若者世代に伝承されていない。目まぐるしく激変する現代において, われわれは刹那的生活環境の中で果たして心の安らぎが得られるのであろうか。未来の世界は長い歴史の上に築かれるものであって、先人たちが額に流した汗の成果が生きていない。豊かな将来を自らの手で拒否する愚行は悲しいと言わざるを得ない。
  しかし、激しい近代化の激流で(激浪)洗い流されたかに見えた職人の伝統技術が、大都市東京の狭間に健気にもかつ、したたかに生き続けている事実に遭遇して私は感動した。すでに失ってしまったと、諦め切っていた宝物を見つけ出した喜びに似ている。案外なことながら、1つ気付くと、次々と姿を現してきた。大量生産の中に埋没してしまった伝統の「技」は不死鳥のごとく生き続けていたのである。ただ、われわれが気付かなかっただけだったのである。心の通う伝統の「技」は不滅ではあったが、極めて危機的な状況に置かれている事実は否定できない。歴史の証人とも言うべき伝統技術を保護することは人間性の回復と同じ意味を持つ。 人間が機械に使役されてしまったオートメーションの時代にわれわれは人間の尊厳を失ってきた。人類が機械の奴隷にされてしまう危機意識から脱却し、人間回復の宣言をする必要がある。伝統的「技」の再生にはこのような背景がある。
             (江戸職人の書籍:前書き/法政大学教授 段木一行氏、2002年より)



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