5.





駅の券売機前で栗林と別れて乗車位置についた途端、笑顔がはがれ落ちてゆく。
この駅にはとまらない特急快速が、視界を横に切り裂いていった。
せめてこのくらいの速度であのふたりが目の前を行き過ぎたのなら、出先で苦しむこともなかったのにと、埒もないことを考えてしまう。

因果関係は明瞭。
孤独の中、耐えた者の手に落ちてくる果実を、気心が知れているというだけで無理矢理もいでしまったことに始まる。
口に入れたいがため貪ったそれは、別の飢餓感を生んだ。
友情に置き換えて、空腹を遠ざけようと試みた。
その上で、目の前で奪われてから間違いに気付く自分の鈍感さは何だ。

だめだ、とまらない。
さっきからずっと押し込めていた気持ちが、一挙に吹き出す。
咄嗟に目を反らした時点で、決定的な答えが滲んで滴っていたのだから。
浴びるように受けとめるしかないアリスは、リトマス試験紙のように証明される胸の中を、舌打ちしたい思いで見つめた。

その色は、嫉妬という名がよく似合う。



乗り込んだ快速。車窓の向こうを流れ行く空に、出口を求める。
偶然、恋人としか思えないふたりを見つけてしまったのは、いっとき距離を置くため用意された、必然のタイミングだったのだろう。

友達であることにこだわろうと考えていたが、もう火村とは会わないでおこう。
せめて自分にもいい相手ができるまでは。
彼女を傍らに置いた火村と自分がコーヒーを飲むなんて、なにかタブーを犯しているようで気持ち悪い。
とりあえず冷却期間が必要だ。

火村といい自分といい、友人というポジションはそのままでも、まるで中身が違ってしまってないか?
内臓ごと取り替えられたように、痛みを感じたり、虚ろを抱える場所が今までとは違う部位へ移ってしまっている。
寝てしまう前の記憶を頼りに笑ったり、判断したり。
感じたことを一度脳内の変換器を通すことで、友人を再演していた。

内臓は取り替えられたのではなく、ここに無いのかもしれない。
友人という皮に詰まっているのは、ふたりの関係を説明する言葉ばかりで。
火村のことを考えるだけで軋むようになってしまった心臓は、うっかり意識してしまわないよう心のホルマリンプールに沈めてしまっているのだ。

あちらだってやりにくいだろう。自分のセックスを友人なんかに知られてしまっては。
ぎくしゃくして嫌になって決別されるくらいなら、こちらから自然に距離をとっていって「連絡しあわなくなったけど、お互い忙しいからしょうがない」くらいに思わせたい。
直接表現から逃げるのは、誰だってしていること。

次に、自分の気持ちにも冷却剤を入れなければならない。
火村に、あの距離を許されてる女の子を、瞬間的にすごく嫌だと思った。
認めたくないけれど、これだけでも認めてしまおう。
でないと、苦しいのだ。
何もかも変換器にかけていると、とてつもなく疲れる。

どうしよう、あの熱が戻ってくる……乱されてる。

脈打つ心臓が身の内にあったことを、体は覚えていて、空ろな胸を埋める言葉たちがわめき出す。
指先まで血を通わせてほしい、と。
そんなに強く叫んだら、プールの底から心臓が呼び戻されてしまう。


恋に生きたがっている心臓が。


だめだ。
とまっててくれ。


膝にのせたブリーフケースの縁をぎゅっと握りしめた。
結ばれることを望むのなら、もう会ってはいけない。
だってきつ過ぎる。
会うたび変換を繰り返し、迫りあがる熱を冷まし続けるなんて。

火村への思いは、たったひとつの接触で燃え上がったものではなく、ふたりで見てきた幾多の景色まで貫いている。
革靴ではなくスニーカーで夏草を踏んだ季節ごと、原稿用紙からワープロに移行した変化ごと。きっと一生忘れない。
北極の氷をもってしても、熱を絶やしてしまえないだろう。
アリスのコアから吹きあがるものだから。











ブリーフケースの傷が、いつまでもアリスの失敗をくじるので、耐えきれず新しいものを買った。
急な入り用で予算もなく、前のものより安っぽいのは致し方ない。
デザインも前のものがよかったが、そんなことグズグズ気にしてはいけない。

機能だけが取り柄のカバンに書類を詰め込んで、営業先に向かうべく玄関を出たところで、長身のシルエットが立ちふさがった。
火村と認識して2歩後ずさる。
会わないと決めた翌日に、どういう仕打ちだ。

「なんやねん、お前。こんなところで何やってん」
「おれはツイてる、半日仕事かとヒヤヒヤしたぜ。アリス」
「はぁ? まさか……おれのことずっと待ち伏せしとったんか?」
「いや? 大して待ってない。5分くらいこのへん散歩していたら出てきてくれて、ラッキーだった」
「正しく待ち伏せやないか。おかしなやつ。おれは今から外回りや。用件は手短に頼むわ」

隙のない仕事モードになって、歯切れ良く言い放つ。
きみにかかずらってる時間はないよ? と言外に忍ばせるふりは、なかなかに気が楽だ。脆くなった心の殻が守られる。
そんなことなど知りもしない火村は迷いなく言い放った。

「今夜会えないか?」

いったいどういう試練だ。
ひょっとして、一時の慰めをもとめたツケの支払い請求か?
そんなもの、食欲を落とすほど繰り返した懺悔でチャラになってるはずだ。
いかにも『困ったやつ』といわんばかりに、鼻で笑って憮然をふるまうことにする。

「夜は接待がある。外せへんし、お客に付き合うから帰る時刻さえ分からん」
「明日は」
「ぐでぐでの二日酔いで倒れている予定や。そうでなくても最近体がきつくてな」
「じゃおれがおまえんち行く。それでいいな?」
「なんでやねん。なんでそない大上段にかまえてんねん。土曜は正直体を休めたいんや」

背後で自動ドアが開いて、見覚えのある背中がふたりの横をすり抜けて行った。
竹田だ。アリスを威嚇している男に興味があるのか、ちらちらと振り返っている。
彼女にはまずいものを見られてばかりだ。今日戻ったらなんて言われるか考えると、微妙な気分である。

「寝てていいから。家に居てくれ」

火村の口調が、気づかうように少し和らぐ。

「なんでそんなに来たがって……」

だからついバリアーが緩んでしまう。ああクソその顔やめ。

「用もなく下宿に入り浸ってたおまえがそれを言うかな? かまうような仲じゃないだろ」
「おまえが構わなさ過ぎや。コタツにラーメン丼もうかうか置けんかったわ」
「アリス、おれはラーメン食いにいくわけじゃないから、何もせずに居な」

ひさしぶりに友人同士の会話をしているなと思い、下宿の件を持ち出されてしまい、それ以上つっぱねる勢いもなくなったアリスは火村の強引な約束に肯首するしかなかった。
火村はこちらがウンと言った途端「忘れるなよ」と言い捨て、あっさり去っていった。





「なんやねん。週末に彼女ほったらかしてからに」

バカだバカだと思っていたが、やっぱりバカか。

「迷惑。ああしんど」

しかし乗り込んだ営業車のハンドルに突っ伏している自分は、やはり死ななければ直らない類いのバカなのだろう。
切羽詰まった決意とは裏腹に、嬉しがる自分がきらいだ。
乾いた土地にほんの少しの水を与えるのは、何も与えないより残酷。
そのひと掬いは、なによりも甘いから。

「会いたくない……」










アリスは日付けが変わるころ、気を使うばかりの酒席から解放された。
終電を逃し、タクると軽く5千円オーバーになってしまうという哀れな同僚を泊めることになったのが予定外のことだったが、思ったより早くに解放されてほっとする。

部屋に戻ると、火村から留守電に10回も入っていることにまず驚いた。
早朝の電話攻勢は流石にヤメテクレーと思ったので、早速リダイヤルしたら、あちらも留守電になっている。
とりあえず嘔吐したがる同僚から上着とネクタイをとってやり、トイレに案内したところでドアをたたく音がした。
真夜中の訪問者にいいイメージはない。
魚眼レンズを覗いたら、半日後に会うはずの火村が立っていた。
どういうことだ。勢い良くドアを開く。

「おかえり」
「ドアの外で言う言葉やあらへんで。きみの中では不意打ちが流行ってんのか? なんやこんな時分に」
「中にいるのは誰だ?」

見事にアリスの質問をスルーした火村だが、気にならないのは酒で鈍っているせいかもしれない。

「ああ会社の同期。終電逃すし、めちゃ酔ってしもうたから、今夜は泊まらしてやるんよ」
「ありすがわ〜、み〜ず〜」
「あ、机の上にあるの飲んでや。タオルは洗面所の棚」
「おおきに〜。あれ、おきゃくさん? どうもどうも、はじめましれ、え〜わらくし凹版印刷営業4課の宮本れす。どぞごひいきに」
「有栖川の友人の火村です。ご気分の優れないところ申し訳ないが、2時間ほど家主を借ります。よろしいですか?」
「どうぞ。わたくしひとりれらいじょーぶれすから」

同僚はまだ接待モードが抜けてないのか、さっきまで吐いていたくせに腰だけはシャッキリ伸びている。サラリーマンの悲しい習性を、とがめる気にはならない。
でも今はちょっと大人しくしてほしい。

「こら待て、なんで俺の頭越しに話進めてんねん。宮さんもこいつに名刺なんぞ出さんでええよ、経費の無駄や。火村なぁ、サラリーマンは疲れとるんや。いまから2時間もそこいらほっつき歩けるかいな。お前とりあえず中入れ、近所迷惑この上ない」
「ならいい。帰る」
「ひむ……」

取り付く島もなく、ドアは一方的に閉じられた。
振り回された格好になるが、『会いたくない』と願ってたのだからちょうどいい、と一瞬ほっとしたのは否めない。
火村が入室を断ったのだから、追いかける義理などないし。

そんな建前と裏腹に、追いかけたくなる疑問ばかりが薬莢みたいな魚眼レンズの筒にわだかまっている。
電車終わってるのに、京都までどうやって帰る?
風の冷たい夜に薄っぺらいシャツだけだった。
訪問時間を、半日分繰り上げた理由さえ言わなかったし。
一番最後の疑問はあまりにも謎に満ちて、アリスをがんじがらめにした。

謎に惹かれる? いいや違う。

カバンの擦りキズ一つにさえ、火傷しそうになる過敏な自分だ。
会いたくないのは、会えば、自分を押さえる自信がないから。ふたりきりになったら、こんどこそ何を口走ってしまうかわからないと思った。
振り払われて、傷付きたくない。でも、ドアを閉じられるのはそれ以上につらい。

顔が見たい。

つぶれてすでに人のベッドで眠っている同僚に、聞こえてるかどうか分からない詫びを入れ、財布をひっつかんで外にでる。
はたして、火村は階段の下にいた。

「火村」
「……同僚とやらはいいのか」
「ベッドに撃沈しとるわ。まあ吐きはせんやろ。とりあえずココ離れよ、一階にやかまし屋がおんねん。どこいく?」
「話ができて、眠れる所に行きたい」
「意味が分からん。ファミレスでええやろ」
「ずばり言うならホテルに行きたい」

言ってるそばから1階の部屋の、トイレの灯りがついた。
見咎められたわけでもないのに途端この場から逃げ出したくなって、とりあえず国道の方面へと歩き出す。
2時間だけ、と訪販の詐欺みたいな嘘をついたことに対するツッコミは後回しにした。

「妙な冗談は、やめや。寝るだけやったらうちで我慢し」

あんまりな要求に、声が突っ張る。
こんなに堂々と二股をかけられるのは、自分が男だからか?

「冗談ね。言われると結構がっかりするもんだな」
「なんや、おまえもたまってんのか?」

意地悪く問うとあっさり肯定されて、ぎくり、とする。
やっぱり火村はあの日のことを後悔どころか、実は都合良く受け止めているんじゃないのか、という考えが、稲妻のように落ちてきた。

さすれば二股ですらない。
アリスと火村は、友人という枠内に身を置いて仮構の関係を結び、夜明けとともにチャラにした。それをもう一度、と言っているなら。
二股とはアリスだけの認識になる。
やれば、事後に気が遠くなるほどの寂しさを抱えて、涙に暮れるだろう自分を想像して焦った。そこにはプライドもなにもないに決まってる。
先に求めておきながら、いざ自分が選ばれるのを拒否するのはずるい気がするが、もう彼と遊び感覚ではできない。
この道を進めば、駅近くのホテルに至ってしまう。
ぴたりと歩を止めて、車の排気音に負けない声で言った。

「悪いけど、それはできん」

腹に力を込め、きっぱりと。
立ち止まった火村は歩みを止めたくないらしく、1メートル圏内をウロウロしている。

「いやか」
「俺が『いや』というのは嘘もええとこやから、嫌悪からではないと言うとく。でも、もうむり」
「無理とは?」

だんだん物わかりの悪い火村に頭が痛くなってきた。
ここまで気持ちを押さえつけているというのに! という思いもあって爆発しそうだ。

「むりったらむり! そんなにやりたきゃ彼女とやりゃええやんか!」
「彼女? 彼女って、誰の?」
「お前のやボケ。こないだデートしよったやん、べたべたのらぶらぶちゅーで」
「あぁ? ちっがうよバカ。あれはな、あんななりだが小学生だ。教授の孫のお相手を仰せつかったおれは、耐え難きを耐え、忍び難きを忍んでラブアンドなんとかのDVDを買いに行ったんだぜ」

小学生、という認識がなかなか定着しない。
うそだろう? 
ふんわりしたミニ丈ワンピースの裾からスラリと伸びた脚は綺麗に筋が入ってて、子供っぽい脂肪とは無縁だったぞ。

「その目……どんな想像してたんだか知らんが、勝手に淫行罪の汚名を着せてくれるなよ? おまえこそ仕事中にやに下がった顔して」
「してへんわ! 取引先の人やで? 愛想良うして何が悪いんや」
「愛想? とてもその範疇におさまらねぇ顔だったけど」
「ちょっとまて。じゃあ彼女おらんのか、きみ」
「いない」

火村は盛大にため息をついた。

「オーケー。事実関係のズレはとりあえず修正できたな? おれはおまえと漫才がしたくて、花冷えの真っただ中待ってたんじゃない」
「だから、おまえってどうしてそんなに構えとんの。さっさと結論言え」
「アリスが好きだ」

火村の視線がMRIの光線みたいに巡って、全身をスキャンされた。舌の付け根がずきんとする。

「うそや」

ほんとうに?
と信じたがる胸を押さえたくて間髪入れずに言ったら、ちょっとムッとした気配が漂った。

「断定的だな。なぜうそだと?」
「それは勘違いやから。火村、お前は基本異性愛嗜好やん。たまたまあの日は、ちょっとおかしくなってたんや。一回成功したからって男が良いとかいう判断はやめとけ」
「あいかわらず思い込みの激しいやつだな。勝手にヘテロって決めつけんな」

火村は心外とばかりに首を振った。長い脚で目の前を行きつ戻りつしていることもあって、まるで某名探偵のようにも見える。

「長年培った友情を疑っちまうね、一晩寝たくらいで好きだの愛してるだの言う人間と思われるとは」
「だってーーーーそんなこと、あの時、ひとっことも」
「嘘みたいだと思ったんだよ。寝たいって言われるなんて、こんな都合のいいこと。だから一回限りでも果報者だと思って、なんとか自制していられた。けど、その我慢も今日が限界。全部告白しなきゃ、お前信じないか?」
「こ、告白て」
「アリース、その都合のいい耳栓とってよく聞け。居酒屋で飲んだ帰り寄らなかったのは、襲いそうでまずかったからだし、仕事がらみとはいえ女とベタベタしてるのも気にいらねぇ。知っての通りおれは惚れっぽくないし、三度の飯より研究活動が好きだ。それとも、倒錯的なセックスの相手欲しさに、男友達をキープするような性欲魔人とでも? 思ってたとか言ったら傷付くぞ。とにもかくにも、勘違いで口説いたりなんかし、な、い」
「ひゃっ」

言うなり、なんの前置きもなく耳たぶを引っ張られてビクンと仰け反った。
性的快感があったわけではない。
あまりに指が冷えていたからだ。

「火村、おまえ手が。……一体いつから外におったんや?」
「11時くらいかな。アリスが帰ってきたら、すぐに声をかけたかったから」
「あほか! この風と気温の中で3時間もおったら春でも凍えるぞ」

そうか、さっきから落ち着きなく体を揺すっていたのは、寒かったからなのだ。
手を取ると、信じられないほど強張って体温をなくしている。
頬を包むと、殺伐とした表情がぬくもりを吸い取って。

「急に寒くなってきた」

ぶるっと肩を震わせて目を閉じた火村が、アリスの手に硬くなった自分のそれを重ねる。
アリスは火村との温度差にぞっとした。
夜目にはわからないが、おそらく顔色も相当悪い。春の大阪市内で低体温症だなんて、ホームレスだってならないんじゃないのか?
火村の体が、小刻みに震えだしている。
はっとして、スーツの上着を脱いで着せかけた。
火村と自分は裄も肩幅も違うので腕を通せなくて、くるむように前をあわせてアリスは唸った。

「馬鹿。こんな格好でおって……!」
「ああ……それについては、全面的に認める。こんなに冷えるとは、昼には思いもしなかったよ。バイトが終わった時、たまんなくなって来ちまったから。いないと分かってんのにな」

長身が、上着の合わせ目を握りしめて揺れる。
弱く、掠れぎみの声。
震えるのは寒さのせいだって理解しているのに、剥き出しの告白と相まって、らしくもなく感情に身を焼かれる姿を晒されているようで息が詰まる。

アリスは首を振った。もういい、と。これ以上のすれ違いはいらない。
冷えきった手をぐっと引っ張って、足早に歩き出す。
こんなところで立ち往生していられるものか。
ホテルの方へ足を向けた、その意味を悟って火村がアリスの隣にすぐ追い付く。

「アリス。こっちは」

まともには見られなくて、すこし横目になりながら言った。

「行こ。恋人になろ」

車どおりも絶えた往来に、恥ずかしいほど声がよく通った。
それまで弱って虚ろだった火村の目がはっきり飢えを宿し、手を握り返される。力は必要以上に強い。

「アリス……言葉のままに受け取るぞ? ちっくしょう、キスしてぇのに。口まで、震えて、きた」
「げ、歯ガチガチゆうとるやんか。やばい、急げ」
「これで、ちっとは、あったまるかな」

途端に、力強く体が引っ張られる。
急げと言ったが、走れとは言ってないぃ、という叫びを、夜道にばらまいて駆けだす。万年運動不足のサラリーマンには厳しいペースなのに笑いが止まらない。
誰かと手を繋いだまま走るのは一昨年以来じゃないだろうか。相手は当時のカノジョだった。
あの子のことは好きだったけど、核融合みたいに抱えきれないエネルギーが一気に弾けた。という程の興奮はなかった気がする。
経験の浅さがさせたことか、女の子の歩幅に合わせながら、未消化の欲求と包容力の意味に悩んでいた。

火村とは同じだけのエネルギーで、ドォンとぶつかりあえるのが気持ちいい。
遠慮のない広い歩幅。ぐんぐん景色が流れる。
この道をダッシュしよう。

新しい地平にあるのは、まっすぐの道ばかりではない。
まちがった標識だらけ、曲り角には魔が潜むけれど、ふたりが蹴った水たまりだっていつか虹を映す。
濡れることばかり心配して躊躇ってた一歩を、踏み出してさすらう。
走りにくさに辟易しながら、ふたつの手のひらは、決して離れはしなかった。








リク内容的にはクリア、の地点まできました。この時点で3万字強。みなさまお疲れ様です…おつき合いいただきありがとうございます。次回はエピローグ的なものです。

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