新・日々のブツブツ(2)   ブログ的独り言(随時更新)
2017年1月2月3月6月9月12月


12月30日
(年末大掃除)
PCの電源SWの調子が悪く、電源が入ったり入らなかったりでイライラするのでパーツ交換してみた。まず中古の同型機をネ ットで安く購入しドナーとする。汚くても動けばいい。電源SWユニットはフラットケーブルを外さないと交換できないが、コネクタ に脱着の仕掛けがなくてわからない。2日間悪戦苦闘して破損寸前でやっと外す。がキーボードを外してマザーボードに伸び る線を辿ってみると、ザックのバックルみたいなコネクタがあって千枚通しで簡単に脱着できた、あーあ。開けたついでに周り が汁跡やホコリで汚れ放題なので徹底的に掃除&水拭き。キーボードはヤフオクで1500円出せば新品が買えるが意外にキ レイなドナー品と交換してテカリやカスレとオサラバである。


↓  フラットケーブル1本の配線幅は数10ミクロンという代物


( ⌒−⌒ )


9月14日
(ミッション完了)
念願の五百羅漢道清掃登山。滝上からの取りつきはフェンスが切れる青雲荘のトイレ脇とする。先週同じコースでゴミ回収を 試みたが、二ノ嶽から稜線に抜ける急斜面が大きな袋を持って登るには無理と悟り、戻って石碑下へゴミを仮置きしていた。 なにせ人が立ち入らない場所だから枝との格闘で消耗して敗退、今回はそのリベンジである。滝上登山道も藪がひどく、ビニ ール袋で手が塞がって下るには厳しい箇所がある為小型のナタを持って出る。激しく通行を阻む枝の除去と枯木の移動で石 碑までに3時間を要す。本番はここからで、稜線に近ずく一ノ嶽、二ノ嶽の中間あたりの斜面を掻き登って登山道に合流、パノ ラマ台駅舎の売店でゴミの引き取りを打診してみると快諾してくれたので石碑に戻り、今度は南面の弥三郎権現経由で駅舎 にゴミを運び込んでミッション完了した。売店の100%協力に感謝しザルそばで塩分補給後、暗くなりかけた滝上登山道で帰 途につく。

登山口は青雲荘の屋外トイレ脇。ここは物置場と化しているので帰りは裏手(右写真)へ抜けた。


一ノ岳岩屋到着


先週写真。昔のデジカメ、ペットボトル、昭和初期のものか鉄製の空き缶、最近のアルミビール缶もある。二ノ岳に至る踏跡に もあって追加。


二ノ岳へ向かう途中から弥三郎岳遊歩道へ上がり、駅舎売店へ交渉に向かう。


帰りの石碑。西日に照らされて文字がはっきり見えている。大正五年とあってロープウェイがない時代のものだ。この頃は盛 んに登山者の行き来があったのだろう。


6月22日
(あれっの原因)
 羅漢寺山南面の探索で三ノ岳に到達した時点であれっと思ったのは、手前に道標があり先に大きな岩屋が出たのでリング ワンダリング起こしたのかと思ったわけで、実はこの道標、二ノ岳手前のとは違うようである。今日写真を見返して気が付い た。
 一〜三ノ岳に散在する遺物は大半が五輪塔や宝篋印塔(ほうきょういんとう)がバラけて転がっているものである。一ノ岳の 3基の無縫塔(むほうとう)だけが健在でこれらが僧の供養の為とすれば誰なのか。また羅漢禅寺図の各所に描かれている小 堂は今は跡形もないが一ノ岳に柱の燃えカスが転がっているのも気になるところである。ロープウェイのおかげか訪れる登山 者もなく、観光地の近くにこんな場所が存在する事は驚きである。
 一ノ岳周辺は上の弥三郎岳頂上から落ちてきたと思われる缶(プルトップのついた)やペットボトルのゴミが多い。いずれ清 掃登山に出掛けなければと思っている。それにはマーキング等で道筋を明確にせねばなるまい。道形は部分的に明瞭でも深 い落ち葉で寸断している為同じ場所に行き着けるか自信がない。


”従是”と刻まれて似ているが”西二嶽五百羅漢道”の道標とは土台の大きさや形が違う。


6月3日
(もう一つの”気になる”)
 2010年に目にした弥三郎権現(本尊)下にあるはずのもう一つの鎖場が気になってしょうがない。 それで行ってみること にする。
 車を滝上駐車場に置き、仙娥滝遊歩道の土産物店の裏手から岩穴を抜け、1時間。当時の写真のプロファイルでは弥三郎 権現直下の鎖場から数分の差なので近所を探してみたら、あった。南側に花崗岩の尾根が張り出ていてその先端。よく見る とコケに覆われる石碑があり、鎖と下に鉄梯子が掛っている。石碑には断片だが奉納鉄( )子、千塚村、石川家、大正( )年 の文字が読み取れる。
 下が気になるので降りてみると、梯子は鉄製で足掛けがボルトの頑丈な作り、降り立つと道形がある。これは、弥三郎岳山 頂と旧羅漢寺を繋ぐ道筋に違いない。藪に埋まる踏跡を兜岩方向にトラバースしていくと巨大な岩屋(岩小舎)が現われる。あ たりは石塔や四角い台座が散乱し布団の中身なのか綿も散乱、ほぞ穴のある柱の燃えカスが数本転がっている。甲州天台 山羅漢禅寺図に描かれている一ノ岳(嶽)であろう。
 さらにゴミが散らばる踏跡を辿ると従是・・裏に雨宮清右衛門と彫られた石塚があって先に大きな岩屋が出現する。内部に 石垣があり石塔の台座が散乱して順番からして二ノ岳であろう。道形は下っていて急崖を巻いてトラバースしていくとまた石塔 の台座等が散乱する大きな岩屋が出現する。あれっと思うが前2つと違うし下方にあるので三ノ岳であろう。
 今日は羅漢寺沢へ下りずに滝上登山道から駐車場へ戻りたい。三ノ岳から昇仙峡方向へ獣道?を伝うが枯れ葉の急斜面 に行き詰まる。戻って大きな岩壁帯の下をトラバースするがダメで、また戻って以前辿った本峰〜東峰間の沢を旧道鞍部に 登り上げ、久しぶりの登山で痛い脚を引きずりながら帰途につく。

鎖場と石碑


鎖の下にある鉄梯子

弥三郎岳、五百羅漢道一ノ嶽岩屋
弥三郎岳、五百羅漢道一ノ嶽岩屋の遺物
一ノ岳(嶽)の岩屋と遺物

弥三郎岳、五百羅漢道の道標
これより 西二嶽五百羅漢道

弥三郎岳、五百羅漢道二ノ嶽
弥三郎岳、五百羅漢道二ノ嶽遺物
二ノ岳の岩屋と遺物

弥三郎岳、五百羅漢道三ノ嶽岩屋
弥三郎岳、五百羅漢道三ノ嶽岩屋の遺物
三ノ岳の岩屋と遺物

弥三郎権現下の鎖場
帰り、弥三郎権現下の鎖場と上の岩に刻印。

弥三郎権現が存置されている南面の岩棚
弥三郎権現
弥三郎権現が存置されている南面の岩棚


GPSログ。急傾斜で樹林が深い場所はズレトビがひどい。名所は撮影時間から特定。弥三郎岳の南面は鎧岩の領域で道形 を外して歩き回ると危険である。


羅漢禅寺図にトレース書きこみ。Xへの踏み込みはキケン。


3月29日
(ちょこっと山スキー)
昨年の鳥海山以来スキーを履いていない。そこで練習がてら白馬乗鞍岳へ山スキーに出かけてみた。


10年ぶり。栂池ゴンドラの駐車場は無料になっていた。


ゴンドラを降りて林道をシール歩行していると栂池ロープウェイが運航しているのが見えた。


お気楽バックカントリーで気乗りしないがスキー場に近いことがあって致し方なし。


頂上直下の急斜面は自作スペーサー付きのクトーでこらえる。


平坦な山頂部は岩が露出しているので板をデポして100mくらい歩く。


東面、食い残しを狙って滑るが酷い脚攣りで撃沈。。帰りも大変。


2月2日
(位置不明)
結石がエコー、X線、CT画像で捉えられて無く位置がわからない。時折血尿が出るのでどこかにあるのだろう。下がっているら しいのは自覚している。怖いのは膀胱に落ちてなく、腎臓から膀胱に至る管(尿路)を詰まらせると腎臓にダメージを与えて大 激痛がくる事である。時間経っても回復しないから救急しかない。ちょっと遠出するにも病院からもらった座薬を携行、救急車 を呼べる場所から離れられない。


1月28日
(車とお別れ)
車を買い換える事になり期待が大きい反面寂しい。10年以上乗り続けて周りの環境はずいぶん変わった。乗りはじめは在職 中、落石で骨折した傾山から、退職して九州から関東にはこのクルマで帰ってきた。FFだが雪道で難儀した事もなかった。車 体の大きさの割にキャビンは広く中で寝る事も出来るしMTBの搬送でも活躍した。難点は路面からのインフォメーションがきつ く、長時間運転すると精神的に疲れる事。今までは自分の要求に合う適当なクルマがなかったが、良さそうな1台が発売され たので3台も試乗して購入を決めた。最後の日にナビのハードディスクから自宅の位置と好きな楽曲の全部を消せばこの車と もお別れである。


シビック1.7L XS。全てにおいてジャストサイズ、自分の傍には常にこの車があった。